第十五話 友達と過ごす日

元旦の練習を終えた後、俺は友人二人との待ち合わせ場所へ向かった。


彼らが指定した場所は神社の境内。


さっき来たばかりだというのにまた来るとは、どんな酔狂なやつなのかと苦笑が漏れる。


参拝客専用の駐車場に車を止めると、早速今一度石段を上がり境内へと足を踏み入れた。


この時間では流石に明日未さんはいない様で、おみくじ売り場には別の人が立っている。


しかし思っていたよりも混雑しており、これは探すのに手間取りそうだと思った時、


「おっ、遠宮!こっちだ、こっち!」


視線を向けると、一際大きな声でこちらに手を振る男。


その横には、周りの目もあり少し恥ずかしそうにしているもう一人の友人。


「久しぶり、遠宮君。テレビ見たよ。もう完全に全国区だよね。」


阿部君が言っているのは、御子柴選手を中心に紹介したスポーツ番組の事だろう。


「いやいや、俺はほんのおまけ程度しか出てなかったでしょ?」


これは謙遜ではなく事実だ。


スター御子柴の次の踏み台として、さらっと紹介されただけなのだから。


「そんな事ないって。僕なんか周りの人たちに自慢しちゃったよ。友達なんだって。」


中々に嬉しい事を言ってくれるものだ。


「まっ、確かに体のいいやられ役みたいな扱いだったけどな。ふははっ。」


田中、お前はもう少し人に気を使うという事を覚えた方がいい。


それから三人並んで境内を進みゆくと、せっかく神社に来たのだからお参りしようという話になり二人は賽銭箱の前へ向かう。


「よし、願掛けも終わった事だし、どこか行くか。」


とは言えこの町は田舎、元旦の夜遅い時間に空いている店などコンビニくらいしか思い至らない。


「じゃあさ、お酒でも買って俺の部屋に行こう。」


休んでいる叔父には悪いが、特別な日だと思って我慢してもらおう。












「おおっ、ここが遠宮の部屋か。和室とはまたいい趣味だぜ。でも何か殺風景だな…。」


ここにあるものといえばパソコンとボクシング雑誌くらいなので、田中が受けた印象は当然かもしれない。


「そう言えばさ、皆もう成人してるよね?」


阿部君の問い掛けに、田中と顔を見合わせ頷く。


「おう、大丈夫だぜ。じゃあ早速飲むとするか。遠宮はこれ、阿部はこれな。」


田中はそう言いながら勝手にチョイスした酒を配り、乾杯の音頭を取る。


「じゃあ、約二年ぶりの再会と三人の前途を祝して、かんぱ~~い!」


阿部君と二人苦笑しながらも、掲げながら軽めのチューハイをコツンと当てる。


そして三人が三人とも、酒など慣れている訳が無く少し飲んだだけで顔が赤くなっていた。


「いやでもよ、あの御子柴に勝ったらえらいことだぜお前。後ろから刺されたりしてな。がははっ。」


「同じこと言った人がいたけど、何気に冗談で済みそうにない所が怖いんだよな…。」


「流石にそれはないと思うよ?でも、遠宮君はやっぱり勝てると思ってるんだよね?それを知ると期待感膨らんじゃうよ。」


そうして久しぶりの再会に話を咲かせ、賑やかな宴が開始した。


話の話題は真面目な事からどうでもいい事まで脈絡もなく飛び、三人で胡坐を掻いて輪になったまま、ほろ酔い気分で語り合った。


「へえ、アニメってそうやって作るんだ。全部手で書いてるんだと思ってた。」


「ばっか、んなわけねえだろ。文明の利器だよ、時代は常に進んでんだからな。」


「田中だって絶対知らなかっただろうが…。この知ったかぶりめ。」


「こりゃぁ、阿部が有名な監督になる前にサイン貰っといた方が良いかもしれねえな。」


「いや僕はまだ作品を作るっていう段階になってないよ。これからかな。頑張んなきゃ。」


軽口を叩き合いながら夢について語ったり、


「やっぱきついんだな軍隊って。新兵だから余計そうなんだろうけど。」


「きついなんてもんじゃねえって、あの教官、鬼だよ、鬼!」


「でもきついっていう意味じゃ遠宮君も相当でしょ?」


「いやあ、俺は好きでやってる事だからな~。きついけど嫌じゃないって言うか。」


日頃の愚痴を語ったりしながら昔の自分に思いを馳せる。


こんな時間を過ごせる友人が出来る現実を、当時の俺は思い描く事が出来なかった。


そんなものよりも大事なものがあると、わき目も振らずただ練習だけを繰り返し、その癖楽しそうにしている誰かを羨ましそうに眺めるだけの毎日を過ごしていた。


だが、今の自分は間違いなくそんな視線を向けられていた側の人間だろう。


もう学生ではないが、もしかしたら今が一番青春しているのかもしれないとさえ思える。


たとえそれが、たった一日だけの出来事だったとしても。


そして酔いが回るといつの間にか眠りに落ちており、楽しい夜は夢に溶けていった。












翌朝、習慣とは恐ろしいもので、眠りに落ちて僅かな時間で目を覚ましロードワークへと駆け出す。


勿論他の二人は熟睡しており、なるべく起こさないようにだ。


しかし帰り着き俺がシャワーを浴び終わっても、まだ二人は目を覚ましていなかった。


それを眺める俺は仕方がないなとぼやきつつ、窓を全開にする。


「うわっ、さみぃ~~~。何やってんだよ遠宮っ。」


「…もう…朝?」


そして折角の楽しい時間を無駄にするのが勿体なく思え、強引に起こした後提案する。


「どっか行こうか。」


二人は寝ぼけ眼をこすりながら上体を起こすと、苦笑しながらも頷いた。

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