第41話 取材と宴
「以上、三対〇の判定を持ちまして、勝者赤コーナ~遠宮統一郎。」
判定結果を聞き相手コーナーに走り寄る。
「…有り難うございました。」
その際、何となく項垂れている太田選手が気になり手を差し出すと、両手で握り返してくれた。
その表情は悔しそうというよりも、ほっとしている様にさえ見える。
俺だったら悔しくて夜も眠れないが、世の中色々な選手がいるものだ。
そういえばこちらにとってはいつもの事だが、向こうにも応援の声が無かった事を思い出した。
「坊主。何ぼ~っとしてんだ。次の選手来るから早く降りろ。」
牛山さんに言われ、我に帰り急ぎリングから降りる。
引き上げる際、二回戦目のような歓声も盛り上がりもなく少し寂しい気分になった。
いつか俺もあんな風に、人の心を掴めるボクシングが出来るだろうか。
「あ、どうも遠宮さん。おめでとうございます。良い試合でしたよ。」
帰り支度を終え会場を出ると、明君のお父さんが待ってくれていた。
どうやらばっちり撮影もしていたらしく、手にカメラを持ち笑顔を浮かべている。
「うちの息子が迷惑掛けてすいません。いやほんとハラハラしましたよ。」
菊池さんが言っているのは、恐らく第一ラウンドのあれの事だろう。
「いやいや、あれで良い感じに力が抜けたので、寧ろ感謝してますよ。」
思い返すと確かにその通りだった。
毎回あれでは困るが、あの時は良い方向に転がった気がする。
お父さんの方は息子と二人少し観光して行く様で、仲睦まじくとまでは言えないが仲良く歩いて行った。
自分は毎回観光など出来ずに帰るので、少し羨ましいと思ったのは仕方ない事だろう。
「忘れ物ねえか?特に明…って、いねえんだっけか。じゃあ大丈夫か。」
何だかんだ面倒見の良い牛山さんに促され車に乗り込む。
よく考えると、明君も来るのは当日で良かったのでは無いかと今更気付き会長に尋ねてみた。
「ん?そうだね…。全然気付かなかったよ。でもそれだとお父さんの方にも早朝から来てもらう事になっちゃうからね。それに今回の事は彼にとってもいい経験になったと思うよ?」
確かに、リング下から試合を観戦出来るというのは普通に考えて有り得ない事だろう。
もう一人大人でジムに所属している人がいれば解決するのだが、そう都合良く行くものでも無い。
例え叔父を加えたとしても、仕事柄中々抜けられないことも多いだろう。
練習生が増えれば、どの道もう一人くらいトレーナーが必要になるのは会長も分かっているはずだが、連れて来ないという事は当てがないのかもしれない。
学校を休ませるのは気が引けるが、結局これからも明君に頼むしかないのだろうか。
俺がそんな事を考えていると、思い出した様に会長が口を開いた。
「そういえば、決勝進出者のお披露目みたいなイベントがあるらしいんだけど、統一郎君は出たいかい?」
詳しく聞くと、雑誌だか統括団体だかが主催した決勝進出者を集めて意気込み等を聞くイベントらしい。
少し興味はあるが試合までの日程も厳しい中、出来れば遠慮したい。
「すみませんけど、またこっちまで来るのはきついので辞退って出来ますかね?」
それに来る場合は俺一人という訳にはいかないはずだ。
どうせ俺の知名度など限定された地域だけの話であり、それを鑑みれば俺がいてもいなくてもイベントには支障がないだろう。
「坊主が出たくねえんなら出なくていいんじゃねえか?どうせ地元の局の取材、また入ってんだろ?」
嫌な事を思い出させてくれる。
そう、また地元ローカル局の取材が決まっているのだ。
試合前に話は通されていたが、負けていた場合はどうするつもりだったのだろうか。
それはともかく、別に出たくない訳ではないのだが、取り敢えずその催しは辞退する事で決定した。
次の試合は十一月四日、後一ヶ月ちょっとしかない。
風邪など引いたら持ち直す時間の余裕がない可能性が高いだろう。
体重だけではなく、体調管理は特に気を付けていかなければならなくなる。
帝都を出て数時間、見慣れた風景が広がり帰って来た実感が沸く。
今回はあまり眠気が襲って来る事も無く、僅かな余韻に浸りながらの帰路となった。
そして二人にお礼を言って別れた後、自宅へと入っていく。
すると、奥にいたその人の表情は少しだけ頬に赤みが差していた。
どうやら叔父は珍しく晩酌をしているようだ。
「おう、帰ったか。勝ったんだろ?成瀬会長から電話で聞いてるぞ。」
どうやら結果の方は試合後帰路の準備をしていた時にもう伝えていたらしい。
少し残念にも思ったが、それで安心して酒が飲めるのなら良い事だ。
「次は決勝か。本当にそこまで勝ち上がるとはな。大二郎より出来が良いのかもな、お前。」
父も好きだった清酒を飲みながら、少し赤くなった顔で気持ち良さそうに語っている。
戦績については性格の問題も大きく関係してきそうだ。
俺の様に慎重且つ臆病であれば、父もそれなりには成れていたのではないだろうか。
親子でもそこだけは全く似ていない。
叔父はもう少し飲んでから寝るらしく、放って洗面台に向かい顔の傷をチェックした後、軽くシャワーを浴び歯磨きをして疲れた体を休める事にした。
試合から三日程が経ち、事前に決まっていた取材スタッフがジムへやってきた。
「東日本新人王決定戦、決勝進出おめでとうございます。」
この間と同じ女性アナウンサーにそう切り出され、こちらも返礼を返す。
「日程もきつい中、体調等どのように調整されてるのかお聞かせ下さい。」
インタビューはアナウンサーと並んでリングに腰掛ける形で行われている。
最初は会長が椅子を用意していたのだが、この方が見栄えが良いとかなんとか。
プロデューサー若しくはディレクターらしき人の案でこういう形に収まった。
「決勝の相手、宮前選手は五戦五勝の強豪ですが、自信はありますか?」
俺の決勝の相手だ。
この国でボクシングをやっている者であれば、このジムの名前を知らない者はいない。
国内はおろか、海外にまで支部を持つ最大手のボクシングジム。
勿論世界チャンピオンを何人も輩出してきた実績も持つ。
相手の戦績などよりも所属ジムの名前に反応してしまうあたり、俺の小物ぶりが伺えるだろう。
だが自信が無い等とは口が裂けても言える訳が無い為、全力を尽くすとだけ言うに留めた。
仕事を終え帰るテレビスタッフを見送ると、今日の自分を振り返る。
以前と比べたら段違いに上手く答えられたと思いたい。
この取材以外にも、試合の翌日には番組の中で俺の試合結果が伝えられていたらしい。
この田舎では事件など早々あるものでは無いという事情もあり、格好のネタなのだろう。
「お疲れ様。悪いね、余計な疲れを溜めさせる様な事をさせて。」
会長が労い声を掛けてくるが、これは自分の為に必要な事だと理解している。
例え地元だけの人気だとしても、深く根強いものであればそれだけで興行を成り立たせる事が出来るだろう。
今はマッチメイクを請け負ってくれる一般企業などがあるらしいが、自力で出来るならそれに越した事はない。
だが、まだ今の俺にそれほどの価値は見いだせないのが現実。
だからこそ、ここからは結果だけでなく内容も求められる様になってくるはずだ。
そんな未来を想像し、思わず体に力が入ってしまう。
「大丈夫だよ。次の相手も強いけど、僕の見立てでは二回戦目の彼のほうが怖い相手だったと思うよ?まあ、とは言っても相性の問題もあるから一概には言えないけどね。」
会長の話によると、二回戦目で当たった高橋選手は例年ならすんなり優勝してもおかしくない程の選手だったらしい。
もしかしたらこの先、俺が勝ち上がっていけば大きな舞台でぶつかる未来もあるかもしれない。
少し怖い気もするが、あの会場が一体となる感覚をまた味わえるならそれも悪くないだろう。
今度はそのいくらかを俺への声援に変えられたら最高に盛り上がりそうだ。
「そうだ。今度の試合は後援会の人達も応援に駆け付けるから、挨拶に行ってこなきゃね。」
会長の言葉で大事な事を思い出した。
近くの公民館に集まって、近く後援会の人達が激励会を催してくれるらしい。
少し前に言われていたのだが、忙しさもあってすっかり忘れていた。
それから数日経った頃、会長を連れ立って区の公民館へと向かった。
中に入ると垂れ幕がかかっており、俺の名前と東日本新人王決定戦決勝進出を祝して等と書いてある。
出来れば勝ってからやってもらいたかった所ではあるが、有難い事には変わりない。
着いた時には既に酒は開けられており、出来上がっている人もちらほら見える。
「皆さん皆さん。来ましたよ、今日の主役が。」
一人の声でみんなが一斉にこちらを向き、一瞬気圧されてしまった。
何故なら、精々十人程度のものと思っていたが二十人以上はいたからだ。
話を聞くと今日は来れなかった人もいる為、実際は四、五十人程いるらしい。
俺は挨拶とお礼を伝えて回りながら、一人一人に酒を注いでいく。
「やあ遠宮君、忙しい所悪いね。次の試合では仕事が空けられる人は駆けつけるからね。」
そう言ってくれたのは、後援会長の新田さんだ。
「いえいえ、こちらこそ。お忙しい中お集まりくださって有難うございます。」
俺の場合、こういう定型文のような会話ならば問題無くスラスラと出てくる。
そうして注いでいくと、一人見覚えのある老人がいた。
しかしどこで見たのかが思い出せないでいると、
「どうも、森平神社の宮司をやっております。
これは印象を悪くしてはいけないと思い、一段と丁寧な挨拶に努める。
「い、いえ、こちらこそ面倒を掛けてばかりというか、これからもよろしくお願いしたいと言いますか…。」
失礼があってはいけないと思いすぎて、中々上手く言葉が出てこない。
「はっはっはっ。咲の言う通り可愛い子じゃの。これからも宜しくしてやってくれ。」
彼女は一体どんな風に俺を紹介しているんだろう。
取り敢えず正座したまま丁寧に挨拶をしておいた。
そして一通りの挨拶が終わった後、会長にこっちへと促され皆の前に立たされる。
どうやらここで全員に向けて挨拶と意気込みをを語れと言う事らしい。
「皆さん、今日はお集まり頂き有難うございます。まだまだ始まったばかりの道ではありますが……」
一つ一つ言葉を選びながら身の丈に合った事を述べていく。
「後二試合勝てば全日本新人王となり、自分にとっても一つの区切りになると思います。勿論そこから勝ち上がるのは更に厳しいかもしれませんが、これからも応援の程、何卒宜しくお願い致します。」
話すのが苦手なのは飽くまで同年代の話であって、目上の人は寧ろ得意だ。
自分でも意外なほど言葉がスラスラ出てきて驚いてしまった。
その後は普通の飲み会みたいな感じになり、良い時間でお開きとなった。
「上出来だったよ。土台も出来てきたし、後は結果を出し続けるのみだね。」
会長も満足そうで一安心だ。
「何だよ坊主ぅ~。大人ぶりやがってぇ。ガキはもっとガキらしいスピーチしろってんだぁ。聞いてんのかぁ?」
牛山さんは完全に酔っぱらっているようで、面倒臭い感じに絡んでくる。
明君がいれば身代わりに差し出すのだが、いるのはお父さんの方だけで本人はいない。
まあ、酒飲みの席に中学生を引っ張り出す訳にもいかなかったのだろう。
後援会と名前だけ聞いてもピンとこなかったが、こうして直に会い激励を受けると身が引き締まる。
何としてもこの期待には応えなければならないという決意が、胸の深い所に刻まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます