第三十八話 支える者達
「では、遠宮君の日本タイトル獲得を祝して、カンパ~~イ!」
試合から数日が経ち開かれた祝勝会。
後援会長の新田さんが音頭を取り、高らかに宴の開始を宣言する。
それに倣い、集まった参加者もグラスを掲げ同じように声を上げた。
場所は近くの公民館。
集まった人数は五十人を優に超えている為、流石に手狭になってきた様だ。
壇上にはチャンピオンベルトが飾られ、それを肴にそれぞれが談笑しながら美酒に酔いしれている。
俺もいつもの如く後援会の人達の元を回り、挨拶がてら世間話に勤しんでいた。
そうして回っていると地元企業の社長などが集まっている団体が視界に入る。
どうやら商工会グループらしい。
もしかしたらこの中からスポンサーに就いてくれる企業が出てくれないかと、そんな下心を抱きながら挨拶の為歩み寄る。
「これで一気に全国区に成ったね。次の試合には県外からも結構来るんじゃない?」
新田さんを含めた団体の人達が、俺を持ち上げるように語った。
対し、タイトルを取ったから天狗になっていると思われないよう、謙遜を込めて返す。
「それなら嬉しいんですけど、どうでしょう?この間の試合は、殆どの人がチャンピオンしか目に入って無かった筈ですし。」
事実、この間の結果についてはまぐれと思われている意見が多い。
俺の実力に対して懐疑的に思っている者が殆どという訳だ。
「そんな事は無いよ。現にスポンサーに就きたいっていう人もいるんだから。」
そう言って紹介されたのは、年の頃は六十後半であろう男性。
しっかりと残った髪を角刈りにして、いかにもガテン系といった風貌。
「おお、どうもどうも。『泉岡製鉄』ってちんけな会社やってる小笠原ってもんです。」
「今スポンサーやってる斎藤のじいさんとは顔馴染みでね、お前も応援してやれって言われたんだよ。まあ、俺もその気だったからな。」
有難い事に斎藤さんの紹介らしく、その本人も横から顔を出す。
「この間の試合感動したよ~。手に汗握るっつうのはまさにあのごど言うんだな。」
話をしながら辺りを見回し会長を見つけると、視線でこちらに来てもらえるよう促した。
「どうしたんだい統一郎君?…ああ、小笠原さんか。」
当たり前だが既に話は通っているらしく、次の試合からはスポンサーロゴが一つ増える事になりそうだ。
そして軽い挨拶をした後、次の場所へ回る事にした。
次にやってきたのは見知った顔が並ぶ一団。
「おっ!来たな主役が。」
少し赤くなった顔で茶化す様に口を開くのは叔父。
「何やってる坊主。早くこっち来い。ほら、一杯。ググっとやれ。」
強引に酒を注いだグラスを進めてくるのは、出来上がった牛山さん。
そのお陰で、飲んだふりをしているだけだがバレていない様だ。
しかし、その一団にいた佐藤さんがその毒牙に掛かり、殆ど無理矢理に近い形で飲まされている姿が見えた。
その横には只々おろおろしているだけの明君の姿もある。
二人に申し訳なく思いながらも挨拶回りを続けていると、
「おめでとう。この間の見せてもらったよ。年甲斐もなくあんなに声を上げたのは何時以来かね。」
声を掛けてきたのは森平神社の神主でもあるお爺さん。
同時にその横で飲んでいた夫婦らしき人達もこちらに顔を向けた。
「あ、どうも初めまして。会うのは初めてだね。咲の父です。」
「同じくその母で~す。家に来てくれるのを楽しみにしてるからね。」
一瞬固まってしまった。
正直こういうのは心の準備が欲しいのだが、言っても仕方ないだろう。
「こ、こちらこそ初めまして。娘さんには在学中、本当にお世話になりっぱなしで。」
明日未さんの両親だけあり、美男美女と言った感じの夫婦だ。
「私的にはお世話が足りないと思うんだけどね。あの子ったら今時奥手で意地っ張りでどうしようもないのよ。」
少し酒が回って顔を赤らめている明日未母が、娘を思い出す様に虚空を眺めながら語る。
「ふふっ、知ってた?あの子遠宮君と会う時は身嗜みにすっごく時間掛けてたんだよ?あーでもないこーでもないって、本当見てて面白かったんだから。」
この気持ちを何と表現すればいいのだろう。
本人が知られたくない事を、誰かの陰口で知ってしまったかのような後ろめたさがあった。
「お前酔ってるのか?その辺にしておきなさい。遠宮君も困っているだろ。妻が悪かったね遠宮君。でも、言ってる事は本当だよ?」
こちらはこちらで悪戯小僧の様な表情を浮かべながら、俺に視線を投げかける。
結局苦笑いを浮かべその場を後にするのが精一杯だった。
縁もたけなわといった頃合い、壇上にてこれからの抱負を述べる事になった。
「どうも、本日はお忙しい中、自分の祝勝会にお集まりくださり誠に有り難う御座いました。一応ではありますが、皆さんの応援もありこのベルトを手にする事が出来ました。これからも今の自分に慢心せず、まだまだ上を目指していきたいと思います。」
こういう場で盛り上げられるような演説を出来れば一人前なのだろうが、それを俺に期待するのは難しいだろう。
それでも皆から一様に大きな拍手を送ってもらいながら、この宴は幕を下ろした。
三月八日、少し遅れたが父の墓前へと報告にやってきた。
すると、見慣れない女性が父の墓に手を合わせている。
つばの大きな青い帽子、同色のロングコートとハイヒール。
場に似つかわしいとは言えないファッションだった。
「来たのね統一郎、待ってたわ。私が分かるかしら?………まあ…分からないわよね。」
朧気な記憶にあるその姿。
整った顔立ち、少し切れ長の目、すらっとした長身。
「母さん…ですか?」
確信はなかったが、言動から推測しそれしかないと思った。
「ええ、そうよ。でも安心なさい。今更貴方の母親面する気はないわ。」
母の事は記憶に殆どなくイメージでしか分からないが、こんな淡々とした感じの人間だったかと、首を捻りたくなった。
「おめでとう。それだけ言いたかったのよ。あの人の兄に聞いてね、今日ここに来るって。」
不思議と特に感慨深さもなく、まるで最近会った事があるかのように会話が進む。
「今はどうしているんですか?」
聞いてもいいのか分からなかったが、雰囲気から察して問題無いと判断した。
「家庭を持ってるわよ。苗字は渡瀬ね。貴方にしてみれば自分を捨てた癖にって感じだろうけど…娘がいるのよ。いつか紹介できたらいいわね。」
何故か、家庭を持っていると聞いて安心している自分がいた。
「不思議な子ね、あんたは。恨み言の一つくらい聞くつもりだったのに。まあいいわ。私行くから。またいつか、体には気をつけなさい…統一郎。」
母はそう告げた後、身を翻して墓前を後にする。
俺はその後ろ姿を、何とも言えない気持ちのまま見送った。
三月九日、久し振りの出勤日。
「長らくお休みを頂きまして、本当にご迷惑をおかけしました。」
俺がそう言うと、温かい拍手と共に祝福や労いの言葉が掛けられる。
「体が第一だよ。しかしこうしていると不思議な気分だね。この間テレビで見てた選手が今目の前にいるんだから。」
そう語るのは当店の店長、酒井さん。
「正直、集客に一役も二役も買ってもらっているからね。そのくらい何でもないよ。」
そしてその奥さんである副店長も暖かい言葉をくれる。
パートの奥さん方にも労いの声を掛けてもらい、恵まれた環境にいるのだと実感した。
ちなみに葵さんの見送りの為十二日にも休みを申請したのだが、それにも快く承諾してくれており本当に感謝が絶えない。
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