第三十七話 自覚

「それでは、本日のスペシャルゲストに登場していただきましょう!」


陸中テレビの女性アナウンサーがその快活な声を上げる。


録画放送ではなく、初めての生出演に緊張は留まる所を知らない。


(せめて会長が居てくれれば心強いんだけどな…。)


大事な用事があり、頼みの会長もいないのだ。


とは言え、俺ももういい年。


いつまでもお守りがいなくては何もできない自分からは卒業しなければならない。


ちなみに用事というのは興行権に関わる話し合いであるとの事。


タイトルマッチの興行権は、防衛が成功する事を前提にして、チャンピオン側に次の試合までの権利が与えられているらしい、よく分からないが…。


リベンジマッチの殆どが、この権利を行使してのものであるとも言っていた。


つまり、今は俺がチャンピオンなのにもかかわらず、次の防衛戦の興行権は前王者が所属していた王拳ジムが持っているという話。


だが今回は御子柴選手が国内タイトルへの執着を見せず、リベンジマッチの意志が無い事は確認済み。


というわけで、会長がそれらを含めたあれやこれやを話し合いに向かっているという流れ。


まあ取り敢えずそちらは俺に関係がある様でないので、自分の仕事をしっかりこなそう。


意気込みだけは立派に歩を進めると、へこへこ頼りなさげな表情で頭を上下に反復運動させながらカメラの前に立つ。


そしてパチパチとスタッフたちに拍手で迎えられ、司会者二人に挟まれる形で収まった。


「いや~、凄い試合でしたね。何よりあの諦めない闘争心。感動しました!」


男性の方の司会者が、満面の笑みをこちらに向け語る。


その笑顔からは作り物の気配はなく、その人柄の良さが伺えた。


「本当ですよね。もうハラハラしっ放しで、何度ももう駄目かと思いましたよ。」


この女性アナウンサーは、ジムに何度も取材に訪れている、いわば顔なじみだ。


こういう慣れない場では見知った顔が一人いるだけでも大分違う。


「有り難うございます。本当にもう、皆さんの応援のお陰というか、何というか。」


視線を右に左に動かしながら、その顔にはぎこちない笑顔が張り付いていた。


これを聞かれたらどう答えるだのと色々考えていたのだが、緊張から全てが吹き飛んだのだ。


よって当初の路線は変更。


必要以上に受けを狙う事は考えず、とにかく堅実に好感度を下げない事を重視する。


嫌な奴だと思われて集客に影響しては元も子もない。


「遠宮選手、皆さんも見たがっていると思いますので、そのケースの中身を見せて頂いても宜しいですか?」


言われ、小脇に抱えていたケースの中からチャンピオンベルトを取り出した。


「このベルトの価値は、恐らく今テレビのご覧の皆さんは分かっているでしょう。あの御子柴選手に打ち勝っての戴冠です。今の心境を聞かせてください。」


こういう聞かれ方をすると結構困るものがある。


何故なら、本当に強いのはどちらかという事も視聴者は分かっているのだから。


「そう…ですね。正直もう一度やって勝てと言われると厳しいです。」


スタジオから嘲笑ではない暖かな笑いが響く。


「ですが、もし次に御子柴選手と当たっても、勝てると言えるだけの力を備えたいなというのが今の心境です。そして、もっともっと上を目指していければいいなと思ってます。」


本音を言えば、もう彼とはマッチメイクしない路線を行く事が決まっている。


これは会長と二人で話して決めた事だ。


勿論、どうしようもない時は除いてという意味だが。


「なるほど、あの粘り強い精神力はその努力に裏打ちされたものなんですね。」


返答としては微妙だったはずだが、そこは流石にプロ。


上手くまとめてくれて、概ねスムーズにコーナーの終わりまで進んだ。


「では皆さん、遠宮選手のますますの活躍を期待しましょう。」


何とか恥を掻く事無く出番を終え一息つく。


その後、スタッフさんたちに挨拶をしながらスタジオを後にした。












その次の日、今度はジムに蒼海テレビの取材が入る。


しかも今回は張り合っているのか生中継だ。


しかし、インタビューを受けるのがスタジオではなく慣れ親しんだ場所なのが救いか。


そしてインタビュアーは誰かと言えば、勿論あの少女三人組だ。


「日本タイトル獲得、おめでとうございま~す!」


カメラが回るや否や、三人で声を合わせて祝福の言葉を響かせる。


今回は趣向を凝らして、全員がリングに上がっての撮影。


ベルトを肩に掛け、少し照れもありながらはにかんだ笑顔で返礼の言葉を返す。


「本当に涙が零れそうなほど感動しました。おめでとうございます。」


藍さんが胸を中央に寄せるような形で両手を握ってくる。


視線はその谷間に釘付けだ。


(おっと、いかんいかん。カメラ回ってるんだ。)


でれっと伸びた鼻の下を元に戻し、平静を装いつつ紳士に応える。


「何回も倒れちゃって駄目かと思いましたよ~。でも凄かったです!」


桜さんが握り拳を作り、ブンブン上下に振り回しながら語る。


この一見アホっぽい仕草がかなり受けているらしい。


普通の女の子がやるとあざとくなるが、この子がやるとしっくりくるから不思議だ。


そして流れから花さんの出番になるのだが、


「凄かったですよ。まあ、結果が全てですしね。でも、殆ど負けてましゅっ……」


藍さんが慌てて口を塞いだ。


最近分かってきた事がある。


何度かカメラの回ってない所で話したりする機会もあったのだが、この子だけは全く雰囲気が変わらないのだ。


良く言えば裏表がない、悪く言えば配慮が足りないとも言える。


それでも、彼女の言葉には悪意が感じられないので全く悪い気はしないのだが。


「あ、あはは…。さてっ、それでは遠宮選手のこれからの予定についてですが……」


さっきのは無かった事にして、藍さんが進行の音頭を取る。


自分の発言を邪魔されたからか、花さんは少し頬を膨らませて子供の様な抗議の仕草を取っていた。


その横では桜さんが引き攣った笑みを浮かべ、おろおろとしている。


微妙な空気になりかけ、これではいかんと俺が一肌脱ぐ。


「予定では泉岡アリーナで試合を組むって会長が言ってますね。次の試合では、花さんからも明確に勝ってたと言わせてみせますよ!」


藍さんからは何故蒸し返すんだという目を向けられるが、花さんは満足そうに頷いている。


一体どうするのが正解だったのだろうか。


色々ありながらもコーナーは無事終わり、スタジオへと映像が戻された。


「はぁ~~っ、もう、花!駄目でしょ、あんなこと言ったら。」


叱られた花さんはどこ吹く風。


口笛でも吹かしそうな飄々とした顔をしている。


「大丈夫だよ。そう言うキャラだってみんな知ってるし。」


この子の場合、キャラではなく恐らく素だ。


その言葉に藍さんはため息をつきながら眉間に皺を寄せている。


「細かい事ばっか気にしてると老けるよ藍。一つしか違わないのに。」


正直もっと離れていると思っていた俺は、恐る恐る藍さんを見やった。


「誰のせいよ…。この間もあの人のカツラずれてるのネタにして弄るし…。皆気付いてないふりしてるんだからさ、もう少し……」


あの人というのが誰か分からないが、藍さんが苦労をしているのは事実らしい。


だが、俺が一番気の毒に思うのは桜さんだ。


さっきからどうしていいのか分からずと言った感じに、右に左に視線を泳がせている。


それでも仲が悪い訳ではないらしく、まあ元気出せよと言わんばかりに、元凶の少女が藍さんの肩をポンポンと叩いていた。


「遠宮さん、見苦しい所をお見せしましたが、これからもよろしくお願いします。」


リーダーの言葉に他二人も軽く頭を下げ、この日の取材は終わった。


こうして連日人前に出ていると、嫌が応でも実感させられる。


今は自分が王者なのだと。

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