第九話 カリスマ

十月十五日、日本スーパーフェザー級タイトルマッチ。


相変わらずゴールデンタイムでの放送だ。


チャンピオン御子柴裕也みこしばゆうや対 同級7位前田俊まえだしゅん


この挑戦者は昨年の全日本新人王、八戦八勝で未だ無敗。


KO勝ちが六つもある事実から推測するに、強打が売りである事を匂わせる。


身長は百六十七センチで年齢は二十六歳らしく、プロデビューの時期が少し遅めの選手だ。


試合は強打の挑戦者に対して、王者が真っ向から迎え撃つ展開。


わざわざ相手の土俵で戦う所からも、並々ならぬ自信を感じる。


第一ラウンドは両者共に殆どクリーンヒットはなく、互角といった所。


挑戦者の技量もかなりのものであり、王者は意外な苦戦を強いられるかもしれない。


『解説の浜口さん、チャンピオンの立ち上がりどう見ますか?』


アナウンサーが解説の元世界王者に問い掛ける。


『そうですねぇ、チャンピオンは相手とのリーチ差がありますので、自分の距離を守った戦い方をしてくると思ったんですけどねぇ。』


両者のリーチ差は十cmくらいあるので、その考え方が普通だろう。


『恐らくこれは、相手の全てを上回って自分の強さを証明しようと、そういう事でしょう。』


その返答にアナウンサーも満足気に頷いている。


以前にも思ったが、いくら何でも少しくらい贔屓目は隠した方が良い様な気がするのだが。


そして第二ラウンド、またも近距離で打ち合う様相で、王者は自分から距離を詰める。


しかし、展開自体は先ほどとは違い、段々と王者のペースに傾きつつあった。


流石の見切りとでもいうのだろうか。


相手が打った瞬間の僅かに空いたガードの隙間、そこに器用なコンビネーションを鋭く叩きこむ。


これにはたまらず挑戦者が下がってしまった。


(仕方ないとは思うけど…相手が相手だからな。こういう展開で自分の距離を譲ったら、ペース取り戻せるとは思えないけどどうだろう?)


俺が危惧していた通りの展開で試合は進んでいく。


決定打こそ何とかもらわずに凌いでいるものの、挑戦者は殆ど防戦一方。


『チャンピオン突き上げる!挑戦者、顎が跳ね上がった!決めるか!?いや、ここでゴング!挑戦者ゴングに救われる形となりました。』


この展開には、最前列に陣取るうら若き乙女たちも大興奮。


はしたないほどの黄色い歓声を上げている。


『浜口さん、チャンピオンには早くも世界挑戦の声が上がっていますが、プロの目から見て、現段階で世界に通用するボクシングなのでしょうか?』


聞いてはいるが、その声色から考えて肯定してほしい意図がありありと見え隠れしている。


『そうですねぇ、十分にチャンスはあると思いますよ?それどころか並みの世界王者クラスなら一蹴してしまいそうな期待感がありますねぇ。』


個人的にこの解説の人は好きな選手でもあったので、少し嫉妬を覚えてしまう。


試合は第四ラウンドに入った。


そして呆気なく終わった。


王者が距離を詰め、フックからアッパーをヒットさせた所でレフェリーストップ。


『いやぁ~~、強い!完封と言っていいんじゃないでしょうか?』


『そうですねぇ、まざまざと御子柴君の力を見せつけられた試合になりましたねぇ。』


本当にその通りだ。


この男に弱点などと言うものがあるのだろうか。


少なくとも今の自分には想像できない。


モニターには、傷一つない綺麗な顔のまま勝利者インタビューを受けている王者の姿が映し出された。


『完勝でしたね。』


そう言ってマイクを向けられると、王者は少しはにかんだ笑顔で語り始める。


控えめに言って、滅茶苦茶カッコいい。


『いえ、中々ペースを握るのに苦労しました。まだまだ未熟さを感じた試合です。』


この男が画面に映っているだけで、現実なのか映画なのか分からなくなってくる。


『世界挑戦の話が早くも上がっていますが、自信の程はどうでしょうか?』


自分の試合が完全に無視されている現実に、怒りよりも悲しさを感じてしまった。


『世界よりもまずは次の試合ですね。最強の挑戦者を迎える事になるので。』


御子柴選手は引き締まった表情でそう答える。


もしかしたら物凄く良い人なのではないだろうか。


『失礼しました。そうですね、次はランキング一位の遠宮選手を迎えての防衛戦になりますが、チャンピオンから見て遠宮選手の印象はどうでしょうか?』


思わずグッと身を乗り出して聞き入る。


『強いですね。今まで自分が戦った選手の中で間違いなく最強の相手だと思います。それでも勝つのは自分です。必ず勝って世界へ弾みを付けようと思います。』


最強の相手と言ってくれた。


情けないが、それだけでこの人のファンになってしまいそうな自分がいる。


それほどのカリスマ性に溢れているのだ。


モニターに見入っていると、玄関の方からバタバタと音が聞こえる。


どうやら叔父が帰ってきたらしい。


「まだやってるか?ああ、終わっちまったか…。どうなった?…いや、いい。これから見る。」


叔父も楽しみにしていたようで、録画していたものをビール片手に見始めた。










「やっぱ強ええなこいつ。このルックスでこの才能、世の中不公平だわ。」


それはついぞ自分も思っている事だが、言っても仕方ない。


試合が終わり叔父は停止ボタンを押そうとしているが、それは少し待ってほしい。


「叔父さんちょっと待って。インタビュー聞いた方がいいよ。御子柴選手、すっごい良い人だから。」


叔父はよく分からんと言う表情を浮かべた後、見続ける。


「ほらっ、最強の相手って、俺のこと!ほら!」


「あ、ああ、そうか…。まあ、楽しみではあるがな。流石にタイトルマッチともなれば多少無理してでも俺も行くからよ。」


そういう事ならチケットを取っておいた方が良さそうだ。


自室に戻るとメールが来ている事に気付く。


『鼻だ!鼻を打て!出来れば曲がって二度と戻らねえくらいにな!』


相沢君からだった、善処するとだけ送っておいた。

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