第八話 挑戦者の資格
「はぁっ…はぁっ…すいません。癖出ちゃいました…。」
首筋に当てられた氷嚢を持つのは牛山さん、徐々に熱でほてった体が冷やされていく。
及川さんは滴る汗を拭うべくタオルを持つ手を伸ばす、
そして会長はアドバイスに専念してもらうという格好だ。
「しょうがない。でも、あそこから切り替えられたのは成長を感じたよ。」
それは俺としても同じ。
少し前までなら、あの失敗をズルズル引き摺り向こうにペースを握られていただろう。
「ボディ狙いは正解。綺麗に肝臓を打ち抜いていたからね。この先のラウンドで活きてくるはずだよ。」
会長にお墨付きをもらい、それを自信に変えるべく飲み込む。
セコンドアウトがコールされると同時、すっくと立ちあがり、上を見上げた。
そして第五ラウンドのゴングを聞き、進み出ながら先ずは相手のダメージを確認する。
「…シッ!シッ!」
挨拶代わりのジャブ二連発。
更にもう一発をボディに持って行った後、素早く距離を取る。
ボディが効いているなら、追っては来れないと見越しての立ち回りだ。
(動きは鈍い…が、まだ動けるって所か。)
致命的ではないまでも、ダメージは確認できた。
(ならば、押し切るっ!)
左右に目まぐるしくステップを繰り返しながら左を突き、時折ボディを混ぜる。
完全に足を殺してしまおうという算段だ。
だが、それは相手も承知の上、死に物狂いの反撃が飛んでくる。
しかし、動きに初回のような軽快さはない。
必然、徐々にこちらの手数が勝っていく。
「シッ!シッ!フッ!シィッ!」
ジャブ、ジャブ、レバーブロー、右ストレート。
本命はレバーブロー、これだけは綺麗に入った。
そして、一瞬腰が落ちた瞬間を見逃さない。
(…決めるっ!)
ワンツーから入り、左をボディに伸ばす。
体勢はそのまま低く取り、インファイトの構え。
こちらを射抜く相手の眼光が鋭い。
起死回生の一発を狙っているのだろう。
「…フッ!」
相手の狙い澄ました左の打ち下ろしに合わせ、被弾覚悟でレバーブローを突き上げる。
際どいタイミングだったが一瞬こちらが先んじ、体がくの字に折れ曲がった所を逃さず、更に狙い撃つ。
相手はズルズルと後退しロープを背負う。
ガードこそしっかり上げてはいるが、腰は落ちロープに体重を預ける格好だ。
これはチャンス。
胸部辺りまで下がっているそのテンプル目掛け、腰、肩、肘を躍動させると最後に手首の返しも加え、己の内側へ巻き込むように左を解き放った。
「……シュッ!!」
それはトルネードフックと命名された、俺の数少ないKOパンチ。
直撃はしなかったが、相手はガードごと弾かれたようにフラフラとリングを彷徨っている。
(ここだっ!ここで決められない奴に上を目指す資格はないっ!)
「…シッシッシッシッ……シッシィッ!!」
死に体になった相手を追いかけ、間断なく細かいパンチを浴びせていく。
「ストップ!ストップだ!」
そして、レフェリーが割って入ると、抱き抱える様にして試合終了を宣言した。
「有り難うございました!」
青コーナー側に項垂れる形で腰掛ける菅原選手へ声を掛ける。
「ああ、強かったよ。有難う。」
そして握手を交わすと、互いの健闘を称え合った。
「遠宮選手、こちらへ。」
声を掛けられ振り返るとマイクを持ったリングアナの姿。
どうやら勝利者インタビューがあるらしい。
「見事なKO勝ち、そして挑戦権獲得でした。」
「有り難うございます。」
「タイトルマッチに向けて、意気込みを一言。」
「そうですね。チャンピオンは強いですけど、同じ階級のボクサーなのでめげずに頑張ります。」
少し笑い声が響く。
「その御子柴選手ですが、この場所で明後日防衛戦を行う予定です。恐らく、この試合を意識してのものと思われますが。」
そう、明日計量、明後日試合、残って見たいが仕事があるので帰らなければならない。
「そうですね。テレビ中継されるでしょうから、それで見ようかと。」
そういう答えを期待していた訳では無いだろうが、良い返答が浮かばなかった。
「そう…ですか。遠宮選手、有難う御座いました!」
やはりこういうのは苦手だなと思いながら、リングを降りた。
会場を出ると、待っていた後援会の人達が熱い歓迎をしてくれた。
「ご苦労さん。いよいよ日本チャンピオンとの試合か。楽しみだねえ。」
後援会長でもある新田さんが嬉しそうに語るその顔を見ると、思わずこちらも嬉しくなってくる。
その後、背中をバンバン叩かれたり、握手を求められたりする中で、気になる容姿をしている男性を見つけた。
その男性の容姿は、どう見ても牛山さんに髪を生やした感じの見た目。
もしかしてと思い、聞いてみる。
「紹介してなかったか?こいつは俺の息子で
息子がいるとは知っていたが、今まで詳しく聞いた事は無かった。
何でも就職先が帝都で、俺の試合は今までもずっと見てくれていたらしい。
「親父がいつも世話になってます。面倒くさいだろ?この人。」
その声は、あの合の手を入れる男性の声だった。
「あっ、もしかしていつも元気よく声出してくれてます?」
豊さんは何の事かと視線を彷徨わせた後、心当たりに行き着いた様だ。
「あ~~、地方の星ってな。もしかして嫌だったか?」
残念そうな顔で聞かれると、止めてほしいとは言えない。
「あ、いや、そんな事ないです。いいですよね。会長の弟子って感じで。」
俺がそう言うと、満足そうにがっはっはと笑っている。
本当にそっくりだ。
「じゃあ、明日も仕事あっから俺は帰るな。」
その声が解散の合図になったか、新幹線の時間もあるらしい一行は慌ただしさを伴い帰っていく。
俺はその後ろ姿に、感謝を込めて一礼をしながら見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます