Genius side2
「御子柴ぁ~、二度目の防衛戦決まったぞ。相手、去年の新人王な。」
新人王と言われたが、特にチェックしているわけでもないので全く知らない。
「そうですか。分かりました。」
興味もないので淡白に返しておく。
「お前って本当…。」
俺のそんな態度に白井は少し呆れ顔を浮かべているが、仕方がない理由というのもあるのだ。
正直アマでもプロでも苦戦した記憶など殆ど無いのだから。
(去年新人王を獲った程度の奴をどうやって警戒しろってんだよ…。)
世界に出るまで退屈な試合が続くのは明白だろう。
もしかしたら一番の敵はそこから来る油断であったり、注意散漫からくる怪我であったりするのかもしれない。
「さあ白井さん。練習ですよ、練習。俺はまだまだ未熟なんですから。相手より自分です。」
これ以上話していると小言に発展しそうなので、少々強引に話を切る。
白井は訝し気に目を細めながらも頷くと、ミットをその手に嵌め構えるのだった。
「疲れた時にはこの一本!フルビタンエース!」
カメラに向かって笑顔を向けると、少しの静寂。
「はい。OKです。」
何をやっているかと問われれば、栄養ドリンクのCMを撮っていると答えるしかない。
この製薬会社もスポンサーなので、断る訳にはいかないのだ。
まあ、名前を聞けば誰でも分かるほどの大手企業というのも理由にはあるが。
「いやぁ~、流石だね。俳優転向とか考えてないの?勿体ないなぁ~。」
プロデューサーが機嫌を伺う様に問い掛けてくる。
この人とはもう結構長い付き合いになり、初めて会ったのは十四の時だっただろうか。
勿論出会いは綾子さんからの紹介で、こういう現場では良く面倒を見てもらった。
監督やスタッフなどは大体初対面である事も多いので、見知った顔がいると少しは気が楽になる。
俺でも緊張くらいはするのだ。
撮影も終わり四宮さんが運転する車に揺られ帰宅すると、時刻はもう深夜だった。
「お疲れ様で御座いました。では、ゆっくりお休みください。」
出迎えてくれたお手伝いさんに軽く笑顔を返し、フゥ~っと息を吐きながら門を潜ると見慣れた大きな玄関で靴を脱ぐ。
「帰ってきたかい裕也。お疲れさん。」
迎えてくれた綾子さんは真っ赤なバスローブを纏っており、どうやら風呂上り。
「ああ、疲れたよ。この時期にCM撮影とか勘弁してくれよ。」
試合まで一ヶ月を切り、減量を始めなけらばならないタイミング。
こういう時期はなるべく気を遣う場には出たくないものだ。
「何を情けない事を。これくらいさらっとこなせない様じゃ…お前の器も高が知れるよ。」
モデル業は完全に廃業状態の為その分楽にはなったが、この人はこちらの事情も顧みずポンポン他の仕事を入れてくるので質が悪い。
「ああ、そうそう。明後日ジムに取材入るよ。もう話は通してあるからね。」
この人には何を言っても無駄だと諦め、溜息を洩らしながら自室へと向かう。
因みに今回の試合の日程は、綾子さんの意向が関わっているらしい。
(あれ?そういや最近俺を部屋に呼ばねえな。まさか気を遣ってるのか?)
ふと頭に浮かんだ想像を有り得ないと苦笑して霧散する。
(ま、外で新しいペットでも見つけたんだろ。今売り出し中の若いアイドルとかな。)
一人結論を出し、檜で出来た和風風呂を十分に堪能した後、ぐっすり眠りについた。
十月十五日、日本タイトル二度目の防衛戦。
正直、退屈極まりない。
(強打が売りとか言ってたが…あのおっさんの方が強かったな。)
おっさんとは前王者の事である。
この相手は去年の新人王であると白井から伝えられているが、技術という意味では未熟も良い所で、まだ俺とやる段階にはない。
(はい、ここ…と、ここ。)
相手の強打に合わせてカウンターを取り、着実にダメージを重ねていく。
すると、このままでは分が悪いと思ったか、するすると後退し始めた。
(下がっちゃ駄目だろ…おい。お前距離取って俺に何が出来んの…?)
そしてリーチの差がそのまま戦況に現れ、一方的に打ち込む展開。
(でもまあ、タフっていやあタフか。)
相当打ち込んでいる為ダメージは積み重なっている筈だが、中々倒れない。
しかし展開変わらずのままゴングが鳴り、第三ラウンドの終了を告げる。
「何かアドバイスないんですか白井さん?倒しあぐねてるんですけど?」
「…戯言に付き合う気はねえよ。さっさと決めろ。」
「簡単に行ってくれますね。ボクシングはそんなに甘くないですよ?」
「はぁ~~っ…その筈なんだけどな…。」
そして再開を告げるゴングが鳴ると、俺はキュッと乾いた音を響かせ懐に飛び込む。
「シッ!…シュッ!」
左フックから右アッパー。
自分で言うのもなんだが、まさに一閃。
そしてとどめにラッシュを打ち込もうという時、レフェリーが割って入り試合終了。
(頑丈だけが取り柄の奴だったな。まあ、新人王程度ならこんなもんだろ。)
試合後、インタビュアーにマイクを向けられ、モニターの向こうを意識しながら笑顔を作る。
一つ一つ問い掛けに応えていると、話は次戦ではなく早くも世界へと飛んだ。
(ここは堅実な人間をアピールしておくべきだろ。…あれ?次の試合の奴、名前何だっけ?…遠山?いや……違うな、駄目だ思い出せねえ。)
次の試合の事を語ろうと思うが相手の名前が思い出せない。
だがまあ、分からずともやりようはある。
「世界よりもまずは次の試合ですね。最強の挑戦者を迎える事になるので。」
結果、これならば問題ないだろうという言葉を選んだ。
「失礼しました。そうですね、次はランキング一位の遠宮選手を迎えての防衛戦になりますが、チャンピオンから見て相手の印象はどうでしょうか?」
まるで見計らったかの様に相手の名前を出してくれたので、正直助かった。
このリングアナには、滅多にやらない高評価をくれてやろう。
(印象って言われてもな…知らねえし。ま、適当に応えとくか。)
「強いですね。今まで自分が戦った選手の中で間違いなく最強の相手だと思います。それでも勝つのは自分です。勝って世界へと弾みを付けようと思います。」
随分持ち上げてしまったが、これで大した事無い奴だったらどうしようという不安が沸き上がってくる。
(まあ、その時はその時だな。)
そしてまだ見ぬ強敵?に思いを馳せながらリングを降りるのだった。
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