第四話 妹の友達
四月下旬の日曜日、時刻は午前十時、俺は緊張していた。
何故なら、初めて亜香里が友達を連れてくるからだ。
邪魔だろうと気を使い外に出ようかと思ったのだが、余計な気を遣うなと言われてしまった。
だがその友達というのがどんな人物であるのか、見極めたいという思いがあったのも事実。
その人柄によっては、亜香里がもう一度塞いでしまう原因にもなりかねない。
ここはしっかり、頼りになる兄がいるのだと印象付けておく必要があるだろう。
玄関が開かれたのを確認し、俺は努めて冷静にその人物を迎える。
「あ、始めまして~
亜香里の背からひょこっと顔を出し挨拶してきたのは、白い長袖Tシャツにベージュのロングスカートを纏った、ショートカットで笑顔が似合う可愛らしい女の子。
とても小柄で、亜香里より頭一つ分くらい小さく、目元が何故か少し眠そうに見える。
纏う雰囲気は独特、何と言えばいいのだろうか、日向ぼっこする猫みたいな感じだ。
「は、初めましてっ。あ、亜香里の兄の…と、統一郎と申します。しゅ、趣味は料理を少々っ!誕生日は…」
「兄さん、もういいから!」
多少力が入りすぎてしまったらしく、妹から待ったが掛かってしまった。
因みに亜香里は、最近俺の事を兄さんと呼ぶようになった。
「私達もう部屋に行くから。ほら春奈ちゃん、行こ。」
後藤さんは、律義に頭を下げたまま引き摺られる様にして奥の部屋へ。
何となくだが、良い友達になってくれそうで一安心。
部屋からはスイと戯れる楽しそうな声が聞こえ、俺は昼飯の材料を買いに出る事にした。
やってきたのは車で十分ほどの場所にあるスーパー。
女子高生が好む献立と言えばなんだろうか、よく分からないが後藤さんは猫っぽいので魚が良い気がする。
そう思っていて気付いたが、亜香里は意外と情に厚い所がある。
いくら兄とはいえ、普通全身を拭いてあげたりはしないはず、出会った頃の印象としては今時の女の子といった感じだったが、人の内面など分からないものだ。
そうして歩いていると結構声を掛けられ、写真や握手を求められる度に対応し結構な時間が掛かってしまう。
サインも求められればするのだが、俺の場合普通に名前を書くだけなので凄く恥ずかしい。
だがこういう積み重ねもボクサーにとっては大事な事、もう一度あのリングに戻り席を埋めるためには。
勿論応援してくれる事への感謝が一番だが。
(おっ、鰹か。初鰹ってやつだな。今旬だし、これにしよう。)
隣にパックで売られている切り身もあるが、何となく自分で捌きたい気分。
結構痛い出費だが今日は特別、大奮発しよう。
(味噌汁は朝のがあるから…ご飯は炊き込みにするか…鰹はたたきにして、後は付け合わせ…)
眺めながら歩くと大根が特売で安く、冷蔵庫にある物と合わせ梅肉サラダに決定、会計を済ませ帰宅する。
帰り着くと二人は居間でテレビを眺めており、心なしかスイがいつもよりはしゃいていた。
それと戯れる後藤さんの姿はやはり猫、四つん這いになってスイとじゃれている。
こういう風に腰をクイッと突き出す仕草に、何となくエロさを感じるのは俺だけだろうか。
(…いるよなぁ。無自覚で異性の目を引いちゃう女の子って。)
同時にそういう意味合いを含んだ視線は鋭い女性にバレてしまうらしく、亜香里は視線で注意を促してきた。
俺は気まずさを誤魔化す様に咳払いすると、これから昼食の準備に掛かる旨を伝える。
「気を使わせてすみません。ご相伴にあずかりますね。」
必要以上に遠慮されるよりも、こうやって受け入れてくれた方が作る側としては嬉しい。
笑顔で返答し台所へ向かうと、さっそく調理開始。
ご飯は市販の元を使った炊き込みご飯、味噌汁は温め直せばOKなので、さっそく鰹を捌く。
頭を落とし内臓とエラも取り、血合いをこそぎ三枚に下ろすと丁寧に骨を取る。
切り身半分とアラは明日用で冷凍保存。
一匹丸ごと捌く経験というのはあまりなく、少し手際が悪かったが何とか綺麗に下ろせたらしい。
串を差して炙ればカッコいいのだが、俺は背伸びせずフライパンを使う。
材料にいくつか買い忘れもあり少々計画に狂いが生ずるも、器に盛り付ければそれなりに見えるのが不思議な所。
最後に千切りにした大根で梅肉サラダを作ったら、本日のメニューが完成。
「待たせちゃってごめんね。お口に合えば嬉しいです。」
元々人づきあいが苦手なせいで変な口調になってしまうのは、同じ性格の者ならば共感できるのではなかろうか。
「わぁ~すっごい御馳走です!お金持ちなんですねぇ。」
この子は今どき珍しいくらい素直な子だと感心してしまう。
因みにファイトマネーには一切手を着けていないので、懐にはそれなりの余裕もあるが決してお金持ちではない。
だが、会長はかなり色を付けてくれていると思う。
その上、後援会の人達が買った分のチケットも、俺が売った事として規定割合を手取りに計上してくれているのだ。
スポンサーからの広告料も含め、恐らく国内王者の中ではかなりもらっている方だっただろう。
それこそ御子柴選手の様な規格外を除けばだが。
この恩は絶対に結果で返さなければならない、応援してくれる人も多い現状、このまま沈んでいくなど絶対に許されないのだから。
「に、兄さん…何でそんな怖い顔してんの…。」
「え?そんな顔してた?俺。」
「してたよねえ、春奈ちゃん?」
「うん。何だか戦う男の人って感じでカッコ良かったです。及川先生もカッコいいですけどね。」
及川先生とは誰だろう、後藤さんが憧れてる学校の先生だろうか。
気になったので問うてみると、意外な返答が返ってきた。
「え?及川先生は遠宮お兄さんの試合の時にいる、カッコいいお姉さんの事ですよ?」
詳しく聞けば、この子はのんびりした見た目とは裏腹に結構活動的。
会長経営のフィットネスジムにも通っているようで、インストラクターである及川さんとも知り合いらしい。
正直、今目の前にいるこの子がサンドバックを叩いている姿は想像できないが。
「この後、亜香里ちゃんを連れて行ってみようと思ってるんです。」
実は俺に付き合わせようと、亜香里も会員登録してあるのだ。
「へぇ~、それはいいね。亜香里は運動不足だからお願いするよ。」
そして昼食を終え小一時間程横になってから、後藤さんに手を引かれ亜香里もジムへと向かう。
その際、愛猫のスイをケージから出さない事と、後から付いて来ない様にと言い残していった。
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