第十三話 彼らの奮闘
二月十三日(日曜日)泉岡県営野球場 十五時試合開始予定
第一試合ライトフライ級四回戦
両者共にデビュー戦
第二試合スーパーフェザー級四回戦
両者共にデビュー戦
第三試合スーパーライト級四回戦
両者共にデビュー戦
第四試合バンタム級四回戦
第五試合ミドル級四回戦
第六試合フライ級八回戦
セミファイナル 第七試合スーパーバンタム級八回戦
日本スーパーバンタム級九位
メインイベント 第八試合ライト級十二回戦
WBAライト級七位WBC同級六位
大きなドーム型野球場、比較的新しく出来てからまだ十年ほどしか経っていない。
元々野球選手が休憩する部屋などがあるらしく、控室は殆どそのまま使う形、そんな場所で、メインの俺は当然の如く一人待機。
向こう陣営の配慮で、赤コーナー側控室は全てうちで使わせてもらっている。
ばらけてしまうとトレーナーなども少ない為、準備に大忙し、これは細かい事だが結構助かっているだろう。
選手によっては拘る人もいるらしいので、運が良かった。
両陣営によるバンテージチェック等も市ヶ谷選手の一言で無くなったらしく、近くでジッと見られる事もない。
何でも『…そう言う細かい事良いからさぁ、楽しもうぜっ!』との事。
グローブだけは本人のこだわりではなく、陣営からの提案を呑みメキシコ製の少し薄いグローブを使う事になった。
良い意味でも悪い意味でも、その奔放さには振り回されてばかりだ。
会場規模を見ても分かる通り、売り出されたチケットは過去最多で、何と二万五千枚弱。
それが殆ど完売状態なのだから、分かってはいたが改めて市ヶ谷選手の集客力には感心せざるを得ない。
とは言え会場が埋まるのはメインイベント直前だろう、今はまだかなり空席も目立つ、だがボクシングの興行とは大体そういうものだ。
結果と内容次第では彼の名声を俺が食えるかもしれない一戦、気負うなと言われてはいるが正直難しい所。
そんな事を考えていると俄かに係員が慌ただしく動き出す、どうやら試合開始の時間が迫っているらしい。
俺は少し声をかけておいた方が良いかと思い、個室から出て陣営が揃う控室へ。
すると案の定、空気が重い。
悪い雰囲気という訳では無いのだが、緊張が場を支配しているという感じ。
あの佐藤さんでさえ、幾分かシャドーの動きが硬く見える。
俺はその重い空気を作る一番の原因となっている、高校生三人組へと近づき声を掛けた。
奥山君は結構いい意味での緊張が出来ている。
古川君は完全に気負い過ぎ、吉田君は単純に緊張しすぎている様だ。
一言二言話している内に係員が呼びに来てしまい、奥山君が気合を入れリングへと向かう。
「声掛けてあげて。ライバルであり友達の声援は力になるから。」
俺に促されてか、二人は思い思いの言葉をその背中に掛け、奥山君も手を上げて応えた。
二人の表情が変わったのを見て、もう大丈夫だなと面々に視線を流してから一室を後にする。
一連の行動は、何も彼らの為だけにやっている訳では無く、俺の心を静めると言う意味もある。
控室に戻ると、備え付けの液晶モニターに目を移した。
それにはリングが映し出されており、奮闘中の同門の姿が見える。
正直分かっていたのだが、奥山君はものが違う。
精神面の未熟さはあれど、それを補って余りある身体能力と運動量。
試合はゴリゴリに押し切って二ラウンドKО勝利、だがこれは単純に相手より能力が大きく勝っていたから勝てただけ。
技術の高い選手と当たれば少々厳しい内容だ。
続く古川君だが、一ラウンド終盤に故意ではないバッティングによって、運悪く左瞼をカット。
押していたのだが、三ラウンドにドクターストップが入り、悔しい引き分けとなった。
そしてイケメン吉田君、この子の良い所はとにかく真面目な所。
会長の言う事に素直に従い、派手な立ち回りやカッコ良さには見向きもせず、リーチを活かし僅差の判定勝利。
もう少し自分に自信を持って腕を振り切る事が出来れば、色々変わってきそうな選手だ。
彼らの戦いを眺めながら、ゆっくりゆっくり体を温めつつモニターを見やる。
次はあまり接点のない同門川辺さん。
清水トレーナーがしっかり基礎から教えているだけあって、中々動きの良い選手だ。
しかし相手が強すぎる。
正直、四回戦レベルのボクサーとはとても思えないほどの逸材、今すぐランキング戦でも十分通用するだろう。
これが四回戦の怖さでもある、ふたを開けてみるまでどんな相手か分からない事が殆どなんだ。
結果は三ラウンドTKО負け、相手の戦績は一戦のみで俺達と同じ地方選手、勝ち上がっていけばいつかリベンジの機会もあるだろう。
続く木本さんに悪い空気を払拭してもらおうと眺める。
そんな時扉を叩くノックが聞こえ返事をすると、叔父が立っていた。
「おお、どうだ?俺は今着いたんだけどよ、会場はすげえ人だぞ。」
一言二言話している時、叔父の驚いた声で視線をモニターに戻す。
試合は激しい乱打戦になっており、際どいタイミングでパンチが交差した後、立っていたのは木本さん。
「…やっぱ重量級は迫力あんなぁ。」
叔父はそう呟くと観客席から見たいらしく、足早に去っていった。
入れ替わる様にして及川さんがやってきて、軽く流している俺の横で椅子に座る。
モニターを眺めるその表情は真剣そのもの。
「…そうそう、慎重になり過ぎない。」
呟く言葉の通り、モニターの向こう側では序盤から積極的に打って出る明君の姿。
相手は日本ランカーだが、これは贔屓目に見なくても押している。
だが、最終ラウンドに強烈な一発を浴び、一瞬手を着いてしまい無情にもダウンの宣告。
そして試合の結果は判定へと委ねられる事となった。
「…え?引き分け?…三試合連続って…凄くないですか?」
そんな俺の言葉に及川さんも苦笑いで頷く。
悪い方にばかり考えるのではなく、良い方に考えれば良い、ランカーの選手とも互角だったんだと。
今は無理だが、後で言ってあげようと思った。
そしてモニターから視線を外し、俺はミット打ちを開始。
何故なら次はセミファイナル、佐藤さんに関しては特に何の心配もしていない。
彼の相手も日本ランカーだが、今の佐藤さんの実力は間違いなくそれ以上なのだから。
(もうすぐだ…もうすぐ始まる。)
緊張と興奮が入り混じる不思議な感情、だが体も心も悪い仕上がりではない。
俺は最後の仕上げとばかりに、及川さんの構えるミット目掛け拳を打ち込んだ。
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