第二十一、五話 ファミリー

「エルヴィン、家族と何か食べてきたらどうだ?俺たちは明日の打ち合わせがあるからな。」


太った大柄な黒人、彼は名をマークといい私の親友でありトレーナーだ。


年齢は一回り違うが、マーク以上に親しい友人を私は持たない。


「そうさせてもらおう。」


調印式が終わり外へ出ると、決して都会とは言えないが綺麗な街並みが広がっている。


昨日まで滞在し調整していた場所はここよりもかなり都会だったが、私としてはこちらの方が肌に合う気がした。


オモテナシの国だと誰かが言っていたが、長く滞在するとそれも何となくわかる。


私にとっては破格のファイトマネーに良い部屋、問題ない調整環境、おまけに専属の通訳までつけてくれた。


その上遠征にありがちな嫌がらせも無いと来ている。


こんなに良い扱いを受けたのは、プロボクサーになってから初めての事かもしれない。


いや、それを言ってしまえばメインを張る事すら久し振りだ。


通訳の女性はサエキという名で、もう二週間の付き合い。


彼女と共に迎えの車に乗り込むと、向かう先はホテルの一室。


そこには妻であるアンジェラ、そして息子のアランが待っている。


「…アンジェラ、ランチを食べに行こう。」


ノックすると直ぐに返事が返ってきて、笑顔の妻が迎えてくれた。


だが、アランの表情は優れない。


向こうを出立する際も、行きたくないと散々ごねられたとか。


何故かなど分かっている、本当は『行きたくない』ではなく『見たくない』だろう。


私の試合は終盤になればいつもブーイングの嵐。


それに一番傷ついていたのはアランであったと、何故気付けなかったのか。


「美味しいステーキの店があるとサエキに教えてもらった。行こうアラン。」


私は渋る息子を肩に担ぎ、強引に外へ向かった。


「…綺麗で静かな町ね。私はこのくらいの場所が一番好きよ。」


タクシーから眺める景色、流れていく風景はとても穏やかなもの。


稲畑が広がる光景と言うのは、アメリカ人の我々にはあまり馴染みが無い。


「私もだ。人が多すぎる所はあまり好きになれない。」


通訳であるサエキも非常に和やかな雰囲気をしており、家族団欒の空気を壊す事も無い。


この辺りもオモテナシというやつなのだろうか。



店にたどり着くと、ビルの脇から地下へと続く階段を降る。


秘密基地のようだと思ったのはどうやら私だけではなく、アランの顔に笑顔が戻った。


内装も非常に凝っており、木の板で仕切られていたりタタミがあったり、何というか日本と言う感じがする。


案内されたのは奥のテーブル席、店内で靴を脱ぐのは不思議な感じだ。


「アラン、これなんてどうだ?ワギュウだぞ。凄く美味いらしい。」


妻とサエキも同じものを頼み、私だけ小さなステーキとパスタを頼む。


美味しい美味しいと頬張る彼らを見ていると、私も満たされた気分になった。


アランは、明日もこんな風に笑ってくれるだろうか。


(いや、それは俺次第……か。)


そうは思っても今更変わる事など出来ないだろう。


この生活を、家族を守りたいのだ。


(だが、本当に俺は…守れていたのだろうか。)


今目の前で大きく口を開け肉を頬張る息子の笑顔を、明日私は…本当に守れるのだろうか。


そんな事を思ってしまった。

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