第十四話 セミファイナル

試合まで後二週間となった頃、後援会の集まりがあり、会長の新田さん達から激励を受けた。


「遠宮君はまだまだこれからの選手だから、そんなに焦る事無いよ。」


一人一人から同様の言葉を掛けられ、いつかもう一度大きな会場で試合を見せると誓った。


その為にもしっかり準備し計量を越えねばならない。


今回は食べながら落とす事を試みているので、データ収集も兼ねいつもより早めに準備に入った。


食事の基本は高タンパク低カロリー、これはいつも心掛けているのでメニューはそう難しくない。


白米は必ず取り、朝と昼は基本ささみや鮭などをおかずにして、夜は簡単だという理由から卵と納豆が多くなった。


朝は野菜とヨーグルトをミキサーにかけたスムージーも飲む。


余り手間が掛かるものだと結局途中で嫌になってしまうので、簡単で固定化されたメニューというのが一番良い。


後は時期により量を調整していくだけ。


贅肉が完全に削ぎ落ち筋肉の筋が浮き彫りになってくると、体が出来てきた印象を受ける。


そして最終調整として、計量日前日の夜から断食すれば完了。







八月二十九日早朝、迎えた前日計量の日。


俺は玄関にて亜香里に見送られ、自宅を後にする。


「…行ってらっしゃい、気を付けてね。」


夏休みも終わり学校も始まっているが、親友でもある春奈ちゃんが迎えに来て一緒に向かうようになった。


そのお陰もあってか、順調に通うことが出来ている。


一方俺の方はと言えば、今回は上手く計算して落とすことが出来た。


寝起きに量った段階で、六十一,二キロ前後、既にライト級リミット(六十一,二三五キロ)を割っている。


勿論家にある体重計なので正確ではないが、移動も含めればジムで再度量らずとも問題ないだろう。


それからジム前で会長たちと合流し、軽く挨拶をしてから出発。









「…六十一、一キログラム……」


時刻は昼過ぎ、計量場所は会場からほど近い協会の事務局。


危なげなく一発で通過できたことに安堵し、フゥッと息を吐き俺は静かに降りる。


苦しいは苦しいが、多少の脱水症状が出てるくらいで、見た目も以前と比べれば雲泥の差だ。


相手の藤田選手は既に計量を終え、メインイベントを務める同門選手を眺めている。


今回の興行はあまり注目されていないのか、記者の姿もまばら。


経口補水液を飲みながら見回していると、その中に見つけた見知った顔、松本さんが歩み寄って来る。


「個人的にメインイベントより注目してるから、良いとこ見せてくれよ。」


語る声は小さく、間違っても他の人には聞こえない様に告げる。


「普通にやりますよ。今の俺が出来る精一杯。」


俺はただそれだけ語り、陣営の背中に続き場を後にした。







ホテルへ向かう途中、いつかも立ち寄ったレストランへ全員で赴く。


「少し食べる量減ったね。」


及川さんが語るように、少しだけ食べる量が減った。


まあ、それでも三人前くらいはペロリと平らげるのだが。


「食べるもんも前はカツ丼とかだったのに、パスタとうどんとそば、麺ばっかりだな。」


これでも他の選手よりはかなり食べてる方だと思うが、以前が異常だったのだろう。


勿論肉を食べたい欲はあるが、以前みたいに我慢できないと言う程ではない。


約十キロくらいの減量、この階級の選手としてはどうなんだろうか。


「統一郎君はケロッとしてるけど、今でも普通ならきつい部類に入る減量なんだよ。そう思えないのが問題だって事を理解しておいて。」


そんなもんかと思いながら席を立ち、ホテルへと向かった。







八月三十日、試合当日。


「当日計量は六十五キロジャストか。まあ、普通の増減かな。」


久し振りのホール控室、まあ言う程ではないが少し感慨深い。


向こうのアリーナの方が新しいので、設備も広さも比べ物にならないが、こちらには歴史が作る重みみたいなものを感じる。


「そういえば遠宮君、日本でセミファイナルって初めてじゃない?」


及川さんに言われ気付くが、確かにそうだ。


新人王戦後は、環境もありいきなりメインイベントを務める事になった。


一応この間のタイでやったのがそうだと言われればそうだが、何となくあれは別物な気がする。


そんな事を思っていると、いつの間にか眼前にグローブが差し出されていた。


今日は青コーナー、ランキングは俺の方が上なので赤になりそうなものだが、向こうが主催なのでこうなったのだろうか。


まあ、どっちでも良いのだが。


「調子良さそうじゃねえかよ、坊主。」


牛山さんが語る通り、今日の…いや、今日も俺は調子が良い。


パンパンと胸の前で拳を合わせ、少し調子を確かめる様にシャドーをこなして直ぐ、係員が呼びに来た。


「よし、じゃあ行こうか。」


気負いのない、会長の穏やかな声に軽く返事を返し、ガウンのフードを深く被り後に続いた。







駆けつけてくれた後援会の人数は二十人ほど。


あまり面白い試合は見せられないかもと、集まりの場ではそんな事を言ってしまったが、来てくれるとやはり嬉しい。


観客席の裏から入るこの光景、随分懐かしい気がするのは何故だろう。


セミファイナルの空気もどこか独特だ。


松脂をシューズに染み込ませ、リングを見上げてから駆け上がり会場を見やる


(…あれ?何か空席多いな…やっぱりメインイベント人気ないんだな…。)


そんな事を考える余裕さえあった。


「…赤コーナー…三十三戦二十三勝九敗一引き分け、うち七つがナックアウト勝ち。公式計量は百三十五ポンドぉ、王拳ジム所属、日本ライト級九位ぃ~ふじたぁ~まもるぅ~!」


拍手は結構大きい、やっぱり敵地はこうでなくちゃと変な事を思ってしまう。


「……青コーナー…十六戦十四勝一敗一引き分け、うち八つがナックアウト勝ち。公式計量は……元日本スーパーフェザー級王者にして、現日本ライト級六位、森平ボクシングジム所属…地方の星ぃ~とおみやぁ~とういちろう~。」


拍手はまばらだが、熱量では後援会がいる分それなり。


リング中央に歩み眼前に佇むは、坊主頭の修行僧の様な面持ちの男、身長リーチは俺より少し上で右利き、中々頑丈そうな印象。


自陣へ戻り体の調子を確認、トントンと跳ねる。


そしてマウスピースを銜えいざ開始という時、会長から軽めの一言。


「統一郎君、普通にやってきて。」


俺は笑みで返すと、戦いの場へ赴いていった。

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