第二十三,五話 サイドビュー1

【赤コーナーサイド】


「どうだ?問題ないだろう?」


二ラウンドが終わりいつも通りの展開、マークが私を覗き込み問い掛ける。


「ああ、左が硬い。無駄な軌道も無くあれは一流だ。」


「おお、そこまでか。やるなあの少年。」


少年、そう呼ばれる年では無い筈だが、日本人というのはやけに若く見える。


そして…そう、いつも通り一流の相手だ。


何も変わりはしない。


一つ一つ丁寧に…正確に、慎重にこなしていけば今までと同じように勝てる相手だ。


私がすべきことはそれだけ、そう思いながらも不意にリング下へ目を向けてしまう。


今日の私はどこかおかしい、いつもは試合だけに…勝つ事だけに集中できていた筈。


なのに今はこんなにもリングの外が気に掛かり、視線の先には口を真一文字に結んだアランがいる。


その顔を見た瞬間、心がざわりと波立つのを感じた。


だが今日の相手はいつもと同等…もしくはそれ以上、このレベルの選手にリスクは負えない。


今の私がこのタイトルを失えば、もう二度とチャンスは廻ってこないかもしれないのだから。


そうなれば愛する家族を守れなくなってしまう。


さあ、もうすぐゴングの時間だ、気を引き締めなければ。


そしてきっちりと仕事をこなさなければならない。


私は数度深呼吸を繰り返すと、心が凪いだのを確認してからゆっくり立ち上がった。









【観客席西側】


「やっぱきついか。あれはそう簡単には崩せねえよな…」


俺の前に座るおっさんがそんな事を呟く。


「相沢君ならああいう相手どう戦う?」


そのおっさん、統一郎の叔父らしいが中々に気さくで話しやすい人だ。


俺もいつの間にか旧知の仲みたいに話せている。


「そっすね。俺なら取り敢えず距離詰めてから考えますね。何ていうか…感覚?」


「感覚かぁ~…天才って感じだなぁ~おい。」


「いや…それしか方法ないっすよあれ。」


正直俺がやっても攻略法なんて見つからない相手、統一郎の奴はどうするだろうか。


そんな事を考えながらも、何だかんだあいつならどうにかしてしまうんじゃないかと、何故かそんな期待を抱いてしまう。


恐らくそれは俺だけじゃなく、今この会場に集まっている殆どの奴等が、俺と同じ事を思っている筈だ。


(期待に応えられてこそ一流だぞ。頑張れ統一郎。)







【観客席東側】


「…義姉さん、どっちが勝ってるか分かりますか?」


隣に座る亜香里ちゃんが私に問い掛けてくるが、正直全く分からない。


誰か分かる人はいないかなとチラリ後ろに目を向けると、春奈ちゃんに田中君、そして阿部君という三人組が視界に入った。


するとこの中で一番スポーツに詳しいのは田中君だろうと、皆の視線が集まる。


「え?…いやすんません…全然分かんね…つか俺、野球しか詳しくないんで…」


だよね、難しいよねボクシング。


私もちょっと勉強したけど、このレベルになると全然分かんないや。


でも何となく彼の表情を見る限り、思い通りには行ってないんだなと、そんな雰囲気を微かに感じる。


多分私達には分からないくらい凄く細かな駆け引きをしてるんだ。


まあそんなの当たり前だよね、だって相手は世界チャンピオンだもん。


でも大丈夫、統一郎君は今までだって凄く強い人たちと戦って、今このリングに立ってるんだから。


だから、例えどんな結果になろうとも、私は目を背けず見続けなくちゃ。


最後まで、戦う彼の姿を。

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