第二十四,五話 サイドビュー2

【チャンピオンサイド】


「もう見切ったって感じだな。」


マークはそう語るが、決して簡単な相手ではない。


左の回転が異常に早く、キレもありまともな差し合いに出れば危険を孕む、それ程の相手だ。


「最後、あの坊やは完全に冷静さを失っていたな。次のラウンドも引き摺るようなら…」


マークは握り拳をグッと内側に抉る動作。


振り抜くカウンターを合わせろと言いたいのだろう。


言われずともそうするつもりだが、果たしてどうなるだろうか。


向こうの陣営を見やれば、例え選手が冷静さを失っていたとしても、あのセコンドは極めて冷静に見える。


あれを見る限り、早々こちらに都合のいい展開にはならないのではないか。


そんな事を思いながらも、私の視線はまたもリング下に向いた。


集中しなければならないのだと分かってはいるのだが、何故今回に限ってこんなにも心がざわつくのだ。


それはやはりマークの事…いや違う、それだけではない。


理由は分からないが、トオミヤというあの若い日本人…彼からは言葉に出来ない何かを感じてしまう。


真っ直ぐなあの目で射抜かれると、どうしようもなく心に波が出来る。


駄目だ駄目だ…そんな事を思っては駄目だ。


会場を盛り上げたいなど、そんな雑念を持っては駄目なんだ。


私はそこまで強くない、多くの期待に応えられるほど強い人間ではないんだ。


だから……








【観客席西側】


四ラウンド終わって俺の見立てでは、最初の一ラウンド目以外全部王者側ってとこだ。


「良い流れじゃねえよな~…けど、統一郎の試合は結構引っ繰り返す展開も多いから、まだまだ分からん…だろ?チャンピオン。」


おっさんの言葉に同意する。


統一郎には、追い詰められると発揮される良く分からん力があるんだ。


この試合でもそれが見られるかは分からないが、俺としては期待したい所。


そしてそれは観客も同じらしく、会場には不安と期待が入り混じる何とも重苦しい空気が漂う。


「でも次のラウンドはちょっと冷静になるべきじゃないっすかね?さっきの勢いでこのまま突っ込む気なら、こっから先は少し厳しっすね。」


「ははっそれは大丈夫だろ。セコンドには成瀬さんがいるし…大丈夫…大丈夫だ。」


確かに、あのやり手の会長ならそんな下手は打たないかもしれない。


だがそれでも戦うのは飽くまで選手、この一点それだけは変わらない。


セコンドがどんなに冷静で的確な指示を出しても、選手に従う意思が無いのではどうにもならないんだ。


さて、統一郎はどうするだろうか。


ここで一旦冷静になって仕切り直しを計るか…だがそれで勝ち目がないのはここまでの流れを見ても明らか。


ならばどうするかの堂々巡り。


結局、正解なんてのは結果論でしかない。


最後に勝利を掴めればそこに至る過程なんぞ全て帳消し、ボクシングってのはそういうもんだ。


だから勝て、統一郎。








【観客席東側】


流石にさっきのは分かった、統一郎君が劣勢だという事実がはっきりと。


だってふらついてたから、会場の応援団からも悲鳴に近い声が上がってたし、陣営の人達も大声出してレフェリーの注意受けてた。


「だ、大丈夫だよね…兄さん頑張れば強いし。」


「そ、そうだよ!お兄さんはいつも後半強いから!」


会場の重苦しい空気を感じてか、女の子二人が言い聞かせる様にして語りあう。


「…何ていうかあのチャンピオン…強そうに見えないけど強いって言うか、何だか不思議な感じ。」


そう語るのは阿部君。


それは私も思っていた事であり、お客さんの殆ども思っている事だと思う。


「だよな。動きとか見てれば遠宮の方が早くて…なんか勝てそうな感じなのに、なんでか押されてんだよな。」


当たり前だけど、向き合っている本人にしか分からない難しさがあるのだろう。


そんな彼に私達が出来るのは応援だけ、せめてその力になるよう声を出す事しかできない。


例えそれがどんなに小さな力であったとしても、私達にはそれしか出来ないんだ。

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