第十六話 年の暮

十二月初旬、数か月ぶりとなる地元テレビ局の取材がジムにやってきた。


「本日やってきましたのは…もうお馴染みですね。遠宮選手の所属する森平ボクシングジムで~す。」


お馴染みなのはこちらにとっても同じ事で、いつも通りの三人組だ。


藍、桜、花、あまり人の名前を覚えるのが得意ではない俺でも、これだけ会えば流石に覚える。


芸名ではあろうが、覚えやすいというのも理由の一つに挙げられるだろう。


因みにもう一つの地方局、陸中テレビの方も来週来るとの事。


「ご存知の方もいると思いますが、遠宮選手の入場テーマ、実は私たちのデビュー曲『DEEPBLUE』を使って頂けているんです。」


自分としても最初はサプライズのつもりで使ったのだが、今から変えるのも他意がある様な気がして、結局そのままだ。


藍さんの言葉に賑やかし担当の桜さんも乗って口を開く。


「ラウンドガールもやってるし、これはもうコラボですよ!ですよ…ね?」


よく分からないがそういうものかと思い、俺も苦笑いでそれに応える。


未だに演技かどうか判別できないテンションの桜さんに続いて、口を開くのは花さん。


「コラボの意味わかってる?合作とかそういう事だよ?まあ、ラウンドガールはある意味コラボと言えなくもないと思うけど。」


その言葉を聞いて、俺と桜さんだけがへぇ~と感心したように頷いていた。


だが他二人が少し呆れたような顔をしているのに気付き、慌てて表情を引き締める。


いつも思うが、相変わらず芸人としてもやっていけそうなほどバランスの取れたグループだ。


取材は滞りなく進み会長にもいくつか話を聞いた後、俺が佐藤さんにも話題を振ろうと視線を向ける、だが全力で顔を横に振る姿が見えたのでやめておいた。


ならば明君はと視線を向けると、こちらも全く同様の反応。


ならば牛山さんと一瞬思ったが、余計な事を言いそうだったのでやめておいた。


「遠宮選手の次の試合は、年が明けての一月二十日。私達もラウンドガールとしてリングに上がりますので、チケットのお問い合わせはこちらへ。」


連絡先のテロップが出ているであろう場所を三人で指差し、笑顔を振りまいたままインタビューが終わる。


モニター越しで見るのとは違い、結構シュールなんだなと内心思った。


「有り難うございました~。皆さん試合の時にはまたよろしくお願いします。」


元気よく挨拶を交わした後、三人は可愛らしい笑顔を振りまきながら去っていった。


チケットが完売する要因には、間違いなく彼女たちの力も関係しているだろう。


桜さんがコラボと言ったが、BLUESEAというグループの知名度が上がる度、その分彼女達見たさに会場に来る者もいるはずだ。


そういう意味では、確かに彼女たちと俺は一蓮托生と言えるのかもしれない。


だが正直、彼女たちの実力なら俺などいなくとも遅かれ早かれという気もするが。









十二月二十五日、言わずと知れたクリスマス、しかし俺は平常通りに出勤だ。


まあ、別にクリスマスだから特別何があるかと言われても、さして何かある訳でも無い。


葵さんともほんの数日前に会ったばかりで、平日に休みを取ってまで行くのもおかしい話だろう。


普通ならケーキを食べたりする楽しみもあるだろうが、生憎こちらは減量中。


そんな楽しみ方など出来る訳も無く、黙々と練習するだけの日々である。


「お疲れさまでした。」


「お疲れ様~。」


今日の勤務が終わり店を出ると、計ったかのようなタイミングで着信。


誰からの電話かは見なくてもわかっていたが、念のため確認するとやはり葵さんからだ。


「やっほ~、元気してる?クリスマス寂しいかなと思って、電話してみたよ。」


現金なもので、彼女の快活な声を聞くと荒んだ気持ちが癒されていく気がした。


「元気だよ大丈夫。葵さんはどこか出掛けないの?クリスマスだよ?」


「だってさ~、一郎君が食べるものも我慢して頑張ってるって思うと、やっぱりね~。」


本当かどうかは分からないが、話を信じるなら俺に気を使ってという事らしい。


「いやいや、俺には一応見返りみたいなものはあるからね。葵さんが我慢するのはただ損するだけだよ。」


「あはは、うそうそ。別に用事もないから部屋にいただけだよ。」


彼女くらい可愛ければいくらでも誘いがありそうなものだが、全て断っているのだろうか。


そういえば以前、暫くは俺の専属でいてあげると言っていたのを思い出した。


まあ、他の男と会っている所など想像したくもないのが本音なので、こちらとしては助かる。


自分のことながら、何とも身勝手な独占欲だ。


「これから練習でしょ?寒くなってきたから、風邪とかには特に気を付けるんだよ?」


「うん。分かったよ。そっちもね、体調には気を付けて。」


「こっちこそ分かってるよ。風邪なんか引いたら一郎君に会えなくなっちゃうもんね。へへっ。」


そう言った後電話を切ると、少しずつ積もり始めた雪を踏みしめジムへと車を走らせた。










十二月三十日、最寄りの公民館で後援会の方々が集まり忘年会が催された。


これは以前から予定されていたものだったが、試合が一月二十日に決まり、こちらに気を使ってか日をずらそうという話も持ち上がっていた様だ。


しかしそれではいつも応援してくれる方々に申し訳が立たないと、予定通り行う事に。


「今年の活躍も期待通りだったね。この分なら来年はチャンピオンになる姿を期待してもいいかな?」


ほんのり桜色になった頬でそう語りかけるのは、後援会長の新田さんだ。


「はい、その姿をお見せできるよう精一杯頑張ります。」


そう返答しながら、空になりそうなコップに酒を注ぐ。


そのまま他の人達にも挨拶がてら酒を注いでいくと、ある一角には完全に出来上がっている一団が陣取っていた。


「おぉ~、統一郎。やってっか~?ありゃ、お前は減量中だったな。悪ぃ、悪ぃ。」


今日は休みだった叔父も混ざって、ここぞとばかりに楽しげに飲んでいる。


「叔父さん…俺はまだ未成年なんだから、減量とか関係なく飲めないよ。」


一応返しておいたのだが、完全に目が座っており聞こえているのかいないのか。


いつもは一人でちびちびやっている姿しか見ていないので、こうして楽しく飲んでいるのを見ると、こちらも嬉しくなってくる。


その一団には当然のごとく牛山さんもおり、豪快な笑い声が響いていた。


あまり近くに行くと絡まれそうだったので、程々にとだけ伝え挨拶回りを続ける。


「遠宮君、久しぶりだね。」


次はどのあたりを回ろうかと見回していると、声を掛けてきたのは森平神社の神主のお爺さん。


「どうもお久しぶりです。すみません、最近はあまりお参りにも行かず…。」


自分でも何故か分からないのだが、境内に上がろうとすると何となく胸にモヤっとしたものが広がり、結局そのまま引き返してくるということを繰り返していた。


「な~に、一向に構わんよ。神頼みを必要としなくなったという事かもしれん。」


恐らくそういう事ではないだろうが、言及せずにおいた。


「そういえば咲が年末年始だけは帰ってきてるからな、気が向いたら顔を見せてやってくれ。」


その名前を聞いた瞬間、ドクンと鼓動が高鳴るのを感じる。


会いたいという思いと、会ってもいいのだろうかと逡巡する思いがせめぎ合い、別に何か悪い事をしている訳では無いのだが、何故か彼女に会うのは勇気が必要だ。


「あ、はい…。では、初詣の時にでも探してみようと思います。」


正直行くかどうか迷っていたが、そう答えた手前行かない訳にもいくまい。


気付けば知らず知らずのうちに、内ポケットに入れている財布を指でなぞってしまっていた。

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