第二十三話 悪寒
『赤コーナ~。三十六戦二十九勝五敗二引き分け、二十九勝の内十七のKO勝ちがあります。現在日本タイトル六度防衛中、その拳には今日も熱き魂が宿る、帝都拳闘会所属、日本スーパーフェザー級チャンピオン~びぜん~~~なお~~まさぁ~~!』
リングアナの紹介で、野太い声援がホールにこだましている。
『お待たせいたしました、青コーナ~日本ボクシング界のニュースター、四戦四勝、その全てがナックアウト勝ち~、高校インターハイ三連覇の肩書をひっさげ、突き進むは常勝街道、更なる高みを目指す為、強敵を今日もねじ伏せるか、現在日本スーパーフェザー級一位~~王拳ジム所属~~みこしばぁ~~ゆう~~やぁ~~~~っ!』
長すぎる前口上が終わると、野太いブーイングと黄色い歓声が入り乱れ会場は混沌としている。
そのなか挑戦者本人はといえば、天を仰ぐ様に両手を広げイケメン具合をアピールしていた。
CGで作られたが如き綺麗な顔に、無駄一つ許さない均整の取れた体。
その姿は、思わず同性の自分でさえも目を奪われそうになるほどだ。
「何かすげえ盛り上がってんな。こんな雰囲気でやるのはお前じゃきついんじゃねえか?」
確かに否定出来ない所はあるが、チャンピオンの様な人気が自分にはないのでこうはならないだろう。
「叔父さん、そんな事よりもう始まるよ。」
否定も肯定もせず、ゴングが鳴ったモニターに集中する。
『解説の浜口さん、挑戦者サイドとしてはまずどういった立ち上がりが求められますかね?』
『そうですねぇ~、備前君は近い距離得意ですからね。これまでの様に強引に行くと、怖い一発をもらうかもしれませんよ。』
『なるほど、これまでとは違って慎重な立ち上がりを求められるという事ですね。』
この解説の人は、日本の連続KO記録も持っている、強打で慣らした元世界チャンピオンだ。
そして開始のゴングが鳴る。
見立て通り、挑戦者は強引にはいかず、珍しく中央で牽制しあう大人しい展開になった。
だが、その均衡もすぐに崩れ去る。
挑戦者がリードブローから頭をねじ込む様にして接近すると、火花の散る打ち合いが展開された。
だが、チャンピオンも負けてはおらず、一発一発を細かく打ち、のらりくらりと言った表現が正しい動きで翻弄しながら決定打を許さない。
そして第三ラウンドまで終わった印象では、ポイントでは殆ど差が無いと感じた。
ポイントではと言ったのは、インターバル中の表情を見る限り消耗しているのがどちらであるかが明白であったが故だ。
『浜口さん、ここまでのポイントはどちらに付けますかね?』
『そうですねぇ~、難しい所ですが、御子柴君でしょうか。』
『やはり挑戦者有利ですか。両者のダメージ的にはどうなんでしょうか?』
『まだ決定打と言えるものはありませんがね、どちらに余裕があるかと言われれば挑戦者でしょうね。』
その解説を聞きながら俺の表情は曇っていたらしく、それを横目で見た叔父が口を開く。
「まだ大丈夫だろ。このチャンピオン、いつもこんな感じで粘って勝つ印象だからな。」
そう言われると確かにそうだと思い、改めてモニター画面に集中していった。
第四ラウンド、両者ともに頭を振りながら距離を詰め、クロスレンジ一歩手前で探り合っている。
左を弾いた挑戦者がすかさず強打を放つが、チャンピオンがその腕を絡め取る様にしてクリンチへと移行していく。
(上手いな。こうやって相手のリズムを崩すのか。)
ここまでも単純な能力で劣っている事は見て取れるのだが、中々ペースを掴ませない。
クリンチは一見簡単にやっている様に見えるが、こういうギリギリの戦いの中ではタイミングを間違えると致命的だ。
挑戦者も少し苛立った様に、逆の拳でボディを叩いている。
(少し冷静さを欠いてきているようにも見えるな。もしかしたら、このまま流れが傾く事も…ないか。)
そうして決定打がないまま、試合は第六ラウンドに入る。
二人を見ていて、俺の中で少し違和感を覚える場面が多々あった。
厳密には挑戦者にという事だが、その違和感というのは、何と言うか余裕がありすぎると感じる事だ。
自分もプロボクサーの端くれであり、疲労している状態というのは何となく分かる。
試合も第六ラウンドに入り疲れてくる頃合いだと思うのだが、挑戦者の肩で息をする仕草がどうにも嘘くさく感じてしまう。
勿論、只の気のせいだとは思うのだが、何だかモヤモヤしたものが晴れない。
例えれば、最初からいつ倒すのかを決めており、どうすればよりドラマチックになるか、盛り上がるかを考えながらやっている作り物の舞台みたいな印象を受ける。
そう思い至ると、苛立っている姿や警戒してガードを固める仕草さえ胡散臭く感じてくる。
(考えすぎだ。タイトルマッチだぞ。そんな余裕ある訳無いだろ。)
そして第六ラウンド終盤クリンチからの離れ際、チャンピオンの強打がガードの上から挑戦者を仰け反らせ、ここを勝負所と見たか、一気呵成に攻め立てる。
「よっしゃっ!行け行け。このまま決めちまえ!」
この展開に叔父もつい力が入り、拳をテーブルにぶつけてしまい痛そうにしている。
挑戦者がロープに詰まり、会場は悲鳴にも似た若い女性の声と、歓喜する野太い男性の声が交差する様に響き渡った。
『チャンピオン攻勢!攻勢!このまま決めるか!挑戦者防戦一方だ!』
アナウンサーの声にも何となく焦りが見える。
そして両陣営応援団の悲喜こもごもが混じった歓声響く中、ゴングが鳴った。
「どうだ統一郎っ、俺の言った通りだったろ!このチャンピオンこういう展開に強いんだって!」
見た事かと言わんばかりに、鼻を鳴らしながら叔父は得意気にしている。
「はいはい、まだ終わってないんだから。最後まで分かんないって。」
そう言ってテレビの解説に耳を傾けた。
『浜口さん、挑戦者苦しい展開になりましたね。』
『そうですねぇ~、でもまだ分かりませんよ?御子柴君は足を使ったボクシングも強いですからね。』
それを聞いてそういえばそうだったと思い出した。
「相沢君が言うには、この挑戦者元々は足を使って小器用にやるのがスタイルだったらしいよ?」
叔父は口に含んだ日本酒を飲み干すと、意外そうな顔で口を開く。
「そうなのか?じゃあ何でこいつこんなボクシングやってんだ?ジムも最大手で人気もあるし、お前みたいに客入りの心配なんてしなくてもいいんじゃねえのか?」
聞かれても分からないという感じに首を振り、画面に目を戻す。
『さあ!第七ラウンドっ、挑戦者巻き返しなるか!』
『御子柴君は慌てちゃいけませんよ。こういう展開こそ冷静に組み立てるべきですね。』
ちょっと挑戦者寄り過ぎではないかと思ったが、仕方のない事情も理解出来る。
彼らも仕事なのだ。
「あっ、構え変わった、デトロイトスタイルか。今更?もう終盤なのに…。」
コーナーから進み出た挑戦者が見せたのは、左拳を胸の下あたりまで下げた構え。
チャンピオンも警戒してか、いきなり距離を詰める事はしない。
刹那、会場から歓声が消えた。
誰もが一瞬何が起こったのかを理解出来ず、動きを止めた証拠だろう。
『チャンピオン効いた~~~~っ!背中からごろりと崩れ落ちるっ!カウントが進む!カウントエイト辛くも立ち上がったが、どうだ!?……続行だ!」
恐ろしい速さのコンビネーションだった。
ジャブ、左ボディ、左フック、左アッパー、右ストレート。
それが一拍の間に襲い掛かったのだ。
そこからはあまりにも一方的な展開が続き、チャンピオンは何とか立ち続けたが、最終ラウンド、顔中が腫れ上がり血まみれになった姿を晒しレフェリーストップとなった。
ピンチから一転しての逆転勝ち。
それはあまりにもドラマチックであり、観客席の女性の中には涙を流している者も多い。
(最初から狙っていたっていうのか?そんなこと出来る訳が…。)
信じられないというよりも、信じたくないというのが本音だ。
横で見ていた叔父も恐らく気付いているのだろう、黙して語らずといった感じだ。
興奮するアナウンサーの声が漏れるテレビモニターと、二人並んで無言になった空間。
何をどう表現すればいいのか分からない感情で一杯だった。
モニターの向こうでは、黄色い歓声が埋め尽くす会場で勝利者インタビューが行われるようだ。
『有難う御座いました!皆さんの応援のお陰で何とか勝つ事が出来ました!』
その声は僅かに震えていたが、俺の背中にはうすら寒いものが流れた。
(本当に手加減していたのか?分からない…。会長なら分かるかな…。)
考えていても答えなど出る訳も無い為、後日会長に聞いてみる事にしよう。
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