第11話 自信と過信

夏休みも終わりに差し掛かった頃、元気な声と共に見知った顔がジムを訪れた。


「お~っす!統一郎。」


そう声を上げながら快活な声を響かせ訪れて来たのは、鈴木ジム所属の相沢光一だ。


いつも三人しかいない当ジムに誰かがいる光景というのは妙な違和感がある。


ちなみに、今までこちらから出向いて手を合わせる事はあっても、あちらから来るのは今日が初めてだ。


とはいっても見た所私服みたいなので、今日は遊びに来たというのが正しいだろう。


そんな相沢君は来て早々あちらこちらへと歩き回り、初めての場所に興味深々なのか見回しては、ほぉ~とかへぇ~とか声を上げている。


「結構良い設備揃ってんじゃん。見た目只のプレハブなのにな。」


始めて来た人達は皆同じ反応をする、彼の様に口には出さないが。


まあ外観があれな事は認めざるを得ない、しかし中身は叔父がやりすぎたお陰で立派な設備が揃っているのだ。


それにしても、今日彼が何の用事で来たのか実は俺にも良く分かっていない。


何せ昨日いきなり電話があり、


「明日そっち行くから、場所教えてくれ。」


と、言ってきたのだ。


結構な距離があるはずだが、電車賃とか大丈夫なんだろうか。


只の気分転換にしては痛い出費だ。


「お~っす!坊主、やってっか?」


先ほどの誰かと同じ様な挨拶が聞こえ、声がした方向に視線を向けると、そこには筋骨隆々で気骨のありそうな男が立っていた。


スポーツ用品店の店主兼我が同門である牛山さんだ。


「おっ、何だ今日は友達いんのか。珍しい事もあんな。」


と言いながら、がっはっはと豪快に笑っている。


一方の相沢君は顔が引き攣っていた。


その気持ちは俺にも充分理解できる。


小柄だが逞しい体にスキンヘッド、そして眼力も異様に鋭い。


その為、初対面だとどうしてもその迫力に押されてしまうのだ。


やはり相沢君も人の子、挨拶にいつもの元気は無くちょっと目が泳いでいる。


そして牛山さんの視線が外れた事を確認し俺の方へ顔を向けると、頬に人差し指を当てシュッと撫でる動作をしたかと思えば、これ?これ?と聞いてくる。


堅気なのか?という意味だ。


失礼な事を言う彼に、見た目はあれだが本当に良い人なんだという事実を説明した。


その後、会長もやってきて、


「おや?相沢君が来てるなんて初めてだね。これはいいや。練習相手が増えるのはこっちとしても有難いよ。」


会長が語ると、すかさず牛山さんが逃がさぬと言わんばかりに続ける。


「何だ、その服じゃ動けねえだろ。貸してやるから着替えてこい。」


「え?あっ、いや、俺今日は、いや、はい…。」


彼は練習するつもりで来た訳では無いだろうに、殆ど無理矢理に近い形でジャージを手渡され、練習へと強制参加させられる事になった。


その後流石にスパーリングまではやらなかったが、いつものメニューを共にこなした。


「お前いっつもこんなにやってんの?…つか、何で俺はそれに付き合わされてんだよ…。」


ぶつぶつと文句を垂れながらも、きっちりこなす所は流石といった所か。


その後、仕上げとしていつものコースである川沿いを共に走る。


そして一区切り着いた所で休憩中、彼は恐らく今回の訪問の理由らしき話を始めた。


「いや、きっついわ。そもそも今日は練習しに来た訳じゃねえんだよ。インハイも終わったし、ちょっと話しようかと思っただけなのによ…。」


相沢君は先日行われたインターハイで、準優勝という好成績を収めた。


本当に大したものだと思う。


来年は、もしかしたら優勝も狙えるのではないだろうか。


「聞いたよ。インハイ準優勝したってね。何か自分がやった事じゃ無い癖に凄え嬉しいね。」


俺が大会の成績を褒めると、照れ臭そうにはしているものの、本人は全く満足していない様子だった。


「決勝で負けてるんじゃ自慢出来ねえって、ま、来年は優勝するけどな。」


相変わらずの自信家だ。


だが、そうなってもおかしくないだけの実力はあると思う。


ちなみにうちのジムは、アマチュア団体には加盟していないので残念ながら出場資格がない。


「ああ、そうそう。話ってのはよ、俺高校出たらオリンピック目指す事にしたわ。」


てっきり同じ様にライセンスを取得し、この先も切磋琢磨していけるものと思っていた俺は、少し落胆の色が混ざった声で返した。


「プロには成らないってこと?何か勿体無いな。」


「いや、なるけど、金メダル取ってからの方がカッコいいだろ?」


そう語る彼の言葉には淀みが無かった。


自分の成功をまるで疑っていないのだろう。


世の中そんなに上手くいかないと、俺が至極現実的な事を語り諭すと、


「人生一度しか無えんだから、欲しいもんは全部取ってく方針なんだよ!」


彼は鋭く拳を打ち出しながら、自信満々にそう答える。


その迷いのない姿は、何故か俺にはとても眩しく見えた。


上手く行く、行かないの問題じゃない。


自分がその道を行きたいと思ったから行く。


俺はどうだろう。


この道を行く事に迷いは無いが、大成出来ると確信する程の自信は持ちえない。


会長は言っていた。


過信は隙を生むが、自信は力を生むと。


彼のは果たして過信か自信か、おそらく後者なのではないかと思う。


相沢君はスパーリングの後、いつも自分のどこがダメだったかを聞いてくる、


そして次に会った時は、以前指摘された部分は必ず修正されており、その強気な口調とは裏腹に、地道な努力は怠っていない事実が伺えた。


それが自信の裏付けになっている事は想像に難くない。


毎日の積み重ねなら俺もやっているはずなのに、この差は一体何なのだろうか。


着替えを終え、帰っていく彼の後姿を見送りながら、只その成功を祈った。


同時にいつか、俺も彼の様に迷い無く、自分は強いと言える人間になると誓った。

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