エピローグ

試合から約一月後、ジム宛てに大きな荷物が届いた。


すると待ちに待った荷物の到着に、続々とみんなが集まって来る。


「会長が開けてくださいよ。」


俺がそう言うと、照れ笑いを浮かべた会長が丁寧に封を解いていく。


そして数分後中身があらわになると、全員から一斉に歓声が上がった。


「おい坊主、さっそく巻いてみろよ。お前のベルトをよ。」


そう、これは俺のチャンピオンベルト。


WBAの正規王者の証。


それが牛山さんの手で俺の腰に巻かれると、一同から再度歓声が上がった。


「遠宮さん…ちょっと触っても良いですか?」


同門たちは皆一様に興味津々で、らんらんと瞳を輝かせながら恐る恐ると言った感じに触れていく。


「ふふっ、やっぱりかっこいいね。世界チャンピオンは。」


及川さんの言葉に俺が小さく笑みを浮かべると、清水トレーナーからも一言。


「へへっ、先ずは一本ってとこか。次は他団体の王者…若しくはスーパー王者に宣戦布告してえ所だな。」


そこを突かれると困る。


今の俺は飽くまで正規王者であり、王者と呼ばれてはいてもWBAという団体の中で二番目の扱い。


本当に一番と認められるためには、スーパー王者を倒さなければならない。


それを受け言葉を発したのは佐藤さん。


「でも向こうは一試合で何十億も稼ぐスター選手ですよ?向こうにメリットが無いとそう簡単にマッチメイクは…」


それに対し返したのは意外に情報通の明君。


「しかし遠宮さんの評価は向こうでうなぎのぼりですよ?前王者は人気無かったし、早く負けてほしいとさえ団体は思ってた節があるようです。」


金儲けには使えないが強く、王座に居座り続けたチャンピオン。


そんな風に思われていたのだろう、何だかやるせない。


でもこれからはどうだろうか。


彼は変わるかもしれない、勝利にも貪欲で、かつ見る者も魅了するような選手に。


「そういえば統一郎君、式の段取りはもう済んでるのかい?」


皆がワイワイと話している中、会長が問い掛けて来る。


そう、俺はもうすぐ結婚する。


婿に入る形となるので、苗字も変わり『明日未統一郎』となるのだが、少し響きが慣れない。


会場は当然というべきか森平神社になる予定、実は殆ど時期同じくして叔父も籍を入れる事となっている。


相手は幸恵さんと言う女性で、叔父よりも二周り近く若い女性看護婦だとか。


何でも既にお腹に赤ちゃんがいるらしく、意外にも出来ちゃった結婚と言うやつだ。


まあそんなこんなで取り敢えずベルトはここに置き、俺は咲の実家へと向かう事にしよう。



▽▽▽



「おっ!やっと来たね我が息子よっ!」


裏から境内に上がると、待っていたのはお義母さん。


いつも通りの快活な笑みで迎えてくれる。


「いやはや、世界チャンピオンが息子になるって同僚に自慢しちゃったよ。」


その横には当然の如く、豪快に笑うお義父さんの姿。


「咲は本番に着る衣装の合わせ作業してるから見に行ってあげて、あ…ちゃんと褒めるのよ?」


宮司の拓三さんへの挨拶も忘れず済ませてから本殿の奥座敷へ向かうと、そこには綺麗な白い和装に身を包んだ咲と着付けの女性、加え何故か制服姿の亜香里と春奈ちゃんもいる。


「あ、兄さん。」


「学校帰り?春奈ちゃんも。」


「はい。えへへ、良いよって言われたので図々しくもお邪魔しちゃいました。」


軽い挨拶を済ませ咲を見やる。


そこにいた伴侶は纏う空気がいつもとはまるで違い、俺は思わず立ち竦んでしまった。


「…兄さん、何か言ってあげないと…」


亜香里の一言で我に返ると一つ二つ咳払い、


「…と、とても綺麗…です。」


何故か緊張している俺を見て咲はいつも通りに微笑む。


「ふふふっ、何で敬語?」


今日は衣装合わせだけで化粧もしていないが、それでも見惚れる程美しかった。


「あ~、これからもよろしくお願いします。」


「あははっ!はい、こちらこそよろしくお願いします。」


咲と二人笑い合うと、釣られる様に皆も笑い合う。


そんな和やかな空間、幸せを噛みしめる時間。


少し前まではゴールだと思っていた場所が、今では新たなスタート地点となった。


この道をどこまで行けるかは未知数だけど、同じ夢を見る仲間や後援会…彼らが支えてくれる限りはきっと大丈夫。


例え終わりがどんな形で訪れようとも、きっと笑って迎える事が出来る筈だ。



▽▽▽



神社を後にした俺は、車は駐車場に置いたまま自分の足で直接父の墓前へ向かう。


とはいえそれなりに距離がある為、到着した頃には真っ赤な夕焼け空が頭上に広がっていた。


墓自体は試合が決まってから毎週来ているので、特に掃除の必要性も無いくらいに綺麗、それでも持ってきたタオルを近くの川で濡らし丁寧に墓石を拭く。


そうして思い返せば、何となく試合中ずっと父に守られていた気がする。


「…ありがとね…父さん…助かったよ。あ、祖母ちゃんもね、見てくれてたら嬉しいな。」


幽霊を信じているかと聞かれれば微妙だが、それでも確かに感じたんだ。


「…結局…父さんと同じようなスタイルになっちゃったよ。」


あの歓声に突き動かされる感覚は呪いの様なものだ。


体が…そして心が自然と求めてしまう。


「…はぁ~あ……やっぱ俺達ってさ、同じ穴のムジナってやつだね。」


でも後悔はしていない。


俺は捧げた短めの線香が燃え尽きるのを確認してから、ゆっくり空を見上げる。


「お、アキアカネ。もうそんな季節か…早いな。」


遠く沈みゆく太陽が夜の到来を告げ、暗くならないうちに立ち去ろうと背を向けた時、不意にどこかから声を掛けられた気がした。


『…統一郎…よく頑張ったな。』


優しくて懐かしい父の声。


気のせいだと分かりつつも、それでも俺は…笑みがこぼれるのを隠せなかった。



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ムジナ @tonoyamato

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