二人の子供

 オルセナ暦734年3月7日、夕刻。


 オルセナの王都セシリームにある水上宮殿を出たネイサン・ルーティスは馬車で北へと向かう。



 オルセナの衰退を象徴するかのように、道も傷みが激しい。でこぼこのようで、馬車の中が揺れている。赤ん坊が泣くのではないかと心配になるが、今のところすやすやと眠っている。


 ふと、通りの端の方に狼のような視線を感じた。実際に狼が出ても不思議ではないが、道の端に潜んでいるのは盗賊達のようだ。馬車の衛兵が油断でもしようものなら、襲い掛かって金目のものを奪うつもりらしい。


「何とも嘆かわしいところだな」


 と、先程の侍女と抱えている乳児に語り掛ける。25歳くらい、とりたてて特徴のない顔をした侍女服姿の彼女は乳母の役割も担っているようで、時折乳を与えている。積極的に話をしたい性格ではないのか、あるいは緊張しているのか、話しかけても黙っている。


 どうしても話をしたいわけではないので、ネイサンもそれ以上話を続けることはない。馬車の中は沈黙し、馬車が揺れる音と、車輪の音だけが響いている。



 宮殿から離れること一時間、セシリームの中でもっとも安全な地域、貴族や他国使節が住む地区にさしかかった。

 地区の入り口でルーティス家の衛兵達とも合流し、ネイサンはようやく人心地つく。ここまで来れば盗賊に遭う心配はないだろう。


 そのまま、今回借りている宿舎へと向かった。


 馬車から降りて、屋敷の中へ乳母とオルセナ王女を連れて入る。


「お帰りなさいませ」


 現れたのは、小ざっぱりした礼服をきた若者であった。ネイサンの秘書を務めているコロラ・アンダルテである。上品な服装ではあるが、一方でそれとは正反対の無精ひげが目立つ男でもある。


 お世辞にも見栄えが良いと言えないが、21歳という年齢以上に若く見える顔立ちを少しでも年長に見せたいかららしい。



「……旦那様、その子は?」


 当然のようにコロラは乳母と乳児の存在に気づいた。


 もちろん、ネイサンも隠すつもりはないので、最初から説明をした。



「……」


 コロラはあからさまに顔をしかめた。


「我が家には既に養子としてネリアムもいるのだし、もう一人増えたと思えば……」


 勝手にもらってきたことへの抗議と解釈し、ネイサンは後頭部をかきながら、頭を下げる。


「いえ、もらってきたこと自体を非難するつもりはないのですが、非常に困ったことになりました」

「困ったこと?」


 ネイサンの問い掛けに、コロラは目立つ仕草で自分のお腹を押さえる。


「今回の出張が終わったら話すつもりでいたのですが、奥様のお腹にもお子がいるようでして」

「何!? それはもちろん?」

「はい。旦那様のお子様でございます」

「おぉ!」


 ネイサンはまず喜びの声をあげた。


 結婚から8年、これまでどうしてもできなかった子供が出来たとなるとこれ以上ない朗報である。



 しかし、すぐに秘書の語る「困ったこと」にも気づいた。


「そうか。そんなに立て続けに子供が生まれるはずがないな……」

「はい。3か月と聞いておりまして、生まれるのは9月くらいかと」


 2月に子供が生まれて、9月にまた子供が生まれるなどありえない。


 間違いなく怪しまれるだろう。


「どちらかを愛人の子ということにしましょうか?」


 という別の策があるにはあるが、それを採用するつもりはない。


 愛人がいることにしたくない、というわけではなく。


「それだと、いずれかを格下にしないといけなくなる」



 どちらかが愛人の子であるなら、二人を嫡子と庶子に分けなければならない。


 望んでもらったわけではないとはいえ、オルセナ王女を庶子扱いするのは抵抗がある。とはいえ、もちろん、自分達の実子を庶子にもできない。


「参ったな……、一度預かった以上、自分達の子供がいるからと返すわけにもいかないし」


 ネイサンは机に向かい、頭を抱える。


 立ったまま考えていたコロラが、これしかないというような口調で話す。


「ハフィール様にお願いしてみてはいかがでしょうか……?」


「馬鹿を言うな」


 ネイサンは呆れ果てた声をあげる。


「お前も知っているだろう? ハフィールのところは近々に二人目が生まれるという話ではないか」

「ですので、双子にしてもらうよう頼まれては」

「お前なぁ。逆の立場になって考えてみろ。一人いるから二人目も育ててくださいなんて頼まれたら、おまえは相手の良識を疑うだろう?」

「そうではないですよ。双子だから、一人を預かったということにしては?」


 コロラの言葉に、ネイサンも「おっ」と声をあげる。


「なるほど、それはいいかもしれんな……。オルセナ王ではなく、ハフィールから養女を貰ったということにするわけか。よし、ハフィールと相談してみよう」


 方針が決まったところで、急に外が騒々しくなった。馬がいななく音がして、屋敷の外で誰かが降りる。「旦那様」という聞き覚えのある声がした。


 どうやら急使が来たらしい。



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(国紹介ページ)

オルセナ:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330667090117904


レルーヴ:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330667090199313

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