第9話 セシエルに道開く?

 セシエルは、アッフェルをピレントの総政務官ホーリア・プラカルとともに出発し、3日かけてマゴーン川へと戻ってきた。


 条件をすべて受け入れる。


 総政務官の口から語られたことで、ビアニー側も降伏受入を承諾した。


「じゃ、あとはそれぞれで降伏文書を作成してもらえれば」


 ジオリスが軍師であるガフィン・クルティードレに指示を出す。ピレントの文人の責任者ホーリア・プラカルとともに作ってもらおうということだ。


「これで大丈夫そうだね。それじゃ、僕はちょっと北へ向かうよ」


 セシエルがそう言って馬の用意を始めると、ジオリスはけげんな顔を向けた。


「どこへ行くんだ?」

「早くネミリーに伝えたいからね。港で待っているヴァトナ号に伝えに行く」

「ネミリーに?」

「そうだよ」



 セシエルは意図を説明する。


 エリアーヌが女王として即位することはピレントからも、ビアニーからも認められた。


 とはいえ、それはあくまで「その方がみんなにとって都合が良いから」である。エリアーヌの地位は正直言って不安定であり、どうなるか分からない。


「ピレントの国民からすると、16歳のエリアーヌがどこまでできるのか不透明だ。これはビアニーにとっても同様だね」

「それはそうだな。俺だって形の上では責任者だが、ガフィンやらシェーンやら兄上からおりをつけられているし」

「ましてや、降伏したとなると敗戦国という扱いだからね。そこで新女王としてやっていくのは大変だ。とりあえず、ピレント国民に対してはちょっとした策を思いついたから、あとはビアニー対策だ。これについてはネミリーに頼むのが一番良いと思う」


 ハルメリカ市長代理のネミリーは父親の財産の8割を受け継いだ。目下、大陸で一番の大富豪でもあるし、ハルメリカ経済の原動力である。


 個人としての力も欠かせないが、セシエルが頼りにしているのはハルメリカで抱えている大勢のスタッフだ。



「ピレントはざっと見たところ、悪い人はいないけど、あの国王とエイルジェが幅を利かせるくらいだから、やはり人材難というのは否めない。今回の即位と国王の逃亡はいい機会だから、人を一掃して再建できればいいんじゃないかと思う」

「なるほどな……」


 ジオリスは顎に手をあてて頷いている。


「おまえ、あのエディスとネミリーと長年付き合っているだけあって、たいしたものだよな。エリアーヌに頼んで、どこかの領地でも任せてもらえばいいんじゃないか?」

「ピレントの領地?」


 セシエルにとってはジオリスの提案は意外なものであった。



 スイール最大の名門ティシェッティ家の三男であるセシエルは、どこかの貴族に養子に入りたいと思っている。


 養子に入りたいと考える理由は、新しい家が生まれることはない、という理由からだ。


 既に多くの国があり、目ぼしい領地には大体所有者がいる。


 新しい場所の、新しい所有者というのは考えなかった。



 しかし、ピレントが降伏したということで、国王派の貴族は面目を失った。彼らが追放されたり身分を失ったりした後、新しく所有する者が必要だ。


 セシエルが入る余地が、そこにある。


「そうか……、それは考えなかったなぁ……」

「エディスはいずれスイールに戻るだろ? そうなっても、セシエルがいればエリアーヌは頼りになるだろう。正直、俺もこの先指揮官として東に進む際にアテにしたいという思いもあるしな」



 ジオリスの話によると、ビアニーは、ピレントとネーベルへの攻撃についてはジオリスをなるべく使うという方針らしい。


 ビアニーでもっとも頼りになるのは国王エウリスの四弟ソアリス・フェルナータであるが、彼には一つだけネックがある。婚約者セシルが重病を患っており、そう長くないと見込まれていることだ。


 その重病はビアニーでは全く未知の病気らしく、原因も治療法も分からない。


「ソアリス兄上としては、許婚を放っておけないから、できれば大都市に旅をして医師や薬を探したい。例えばハルメリカとかステル・セルアとか」

「でも、ビアニーの事情がそれを許さない」


 折衷策として、ピレントとネーベルを占領するまでは総司令官の地位にいたままで、その間に五弟ジオリスを鍛えるというものが出された。


 一年以内にネーベルまで占領し、その後、ソアリスは旅に出る。


 農業国のピレントと、北部最大の都市バーリスを押さえれば、ビアニーの国力も大いに上がる。ソアリスが目的を達成するまでの間に発展が見込める。


 話自体は理解できたが、一つ腑に落ちない点もある。


「……イサリアでは聞かなかったけど、ビアニー王の次弟と三弟は何をしているの?」


 国王エウリスは前王の長男だと聞いている。


 死んだという話は聞いていないから、次弟と三弟もいるはずだ。この2人をすっ飛ばして、どうしてソアリスやジオリスが前線に立つのか?


 ジオリスは溜息をついた。


「どちらもビアニー王や司令官たるにふさわしい体躯ではないって話なんだ」

「体躯?」

「まず次弟のライリス兄上について言うと、この人は体重が220キロほどある」

「……それは大きい。ピレントのパイロープより大きいね」

「頭は凄くいいんだが、さすがにその体だと移動にも輿が必要だし、王や司令官にはなれない。グリンジーネに残って国王の参謀を務めるのが関の山というわけだ」

「三弟は?」

「ウォリス兄上は背が低い。ビアニー王は基本180センチ以上必要とされていて、最低でも175はないといけない。ソアリス兄上は177だからギリギリセーフだけど、ウォリス兄上は167くらいだからな……」


 ジオリスは180を超えている。能力はともかく、外見という点では確かに立派だ。


「で、ここだけの話、背が低いから多少拗ねているところもある」

「身長だけで国王になれないとなると、多少いじけるのは仕方ないよね」

「ただ、元々背が低いうえに性格も悪くなったから、ますます遠いというわけ」

「ビアニーも結構大変なんだね」


 軍は強いと言われているが、もうすぐ16になるジオリスを鍛えなければならないほど一部人材には苦労しているらしい。


「そうなんだ。だから、上級貴族が必要とされているところもある。ピレントで実績を残せば、ビアニーの上位爵位で迎えられることもあるかもしれない」

「それって、僕がビアニーから必要とされる可能性もあるということ?」


 驚いたが、それもありえない話ではない。



 ピレントは降伏したから、穏便に進めるべく領地に手をつけることはないだろう。


 しかし、今後降伏せず、占領される国が出たとすれば、そこに新しい統治者が必要となる。



「道が開けてきたという点では、僕にとってはラッキーかもしれないけど……」


 できれば、戦争などでではなく、もう少し平穏な話の方がいいな、とも思う。



「まあ、先のことは先のことで考えるよ。とりあえず今、やることはネミリーに現状を伝えるためだから、一旦海岸まで向かって、また戻ってくる」

「分かった。それならアッフェルに直接来ればいい。順当に行けば、おまえが北から戻る頃には俺達もアッフェルに入城するだろうから」

「あ、それなんだけど、ちょっと待ってくれないかな。さっきも言ったけど、ピレント国民に関する点で、一つ手を打ちたいんだ」


 セシエルの申し出に、ジオリスは少し考えるが。


「分かった。総司令官のソアリス兄上をなるべくまで待つという名目で城外で数日待機する」


 と了承した。

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