第8話 エイルジェの逃亡先
方針が決まり、セシエルは再びアッフェルを発ち、マゴーン川に布陣する両軍の下へと向かって行った。
エディスはエリアーヌと共にその交渉が無事に行くことを祈るのみであるが、問題の種はそれだけでは尽きない。
東部の方で発見された国王パイロープらしき死体についての報告が戻ってきた。
「結論から申しますと、99パーセント国王ということです」
王の間の椅子……まだ玉座に座る気はならないようで、右側の自分の椅子であるが……に座るエリアーヌの前で直立し、40過ぎの兵士が報告を始めた。
「……そうですか」
「軍医を連れていきまして、死体を調べました結果、死因は頭部への大きな衝撃ということでございました」
エディスは少し苛立った様子で聞いている。
たいした理由ではない。エリアーヌが聞いて面白くないことを淡々と話す兵士が気に入らない。
(死んだんだったら、どうでもいいんじゃないの?)
とすら、考えている。
ただ、エリアーヌは話を続けているので止めるわけにもいかない。
「ということは、盗賊に襲われたということでしょうか?」
問い掛けに対して、兵士は複雑な顔をする。
「……盗賊には襲われたものと思いますが、直接の死因ではない、とのことです」
「ですが、頭部の衝撃ということは殴られたのでは?」
「いいえ、恐らくは馬車から落下したものと思われます」
「馬車から落下?」
エリアーヌはどういうことか分からないようだ。当然、エリアーヌに分からないことがエディスに分かるわけがない。
「頭部の衝撃は単純な打撲などでは到底ありえないものでして、恐らくはかなりの速度から走る馬車から落ち、頭を打ったのだと思われます」
「つまり、逃げる途中で落下した?」
エリアーヌが自信なさげに言う。
馬車から落ちる、ということはエディスも理解できない。
かつてサルキアと意地を張りあって、馬車から落ちたフリをしたことはある。ただ、あれはサルキアが蛇行していたし、エディスもドアを開け放っていた。
そういう状況なら落下もありうるが、国王の乗る馬車がそのようないい加減な造りのはずがない。落下するなどということは、想定しづらい。
「付近には大きな車輪の後が幾重にも残り、馬蹄も残されておりました。そこから、あまり考えたくない結論が導き出されます」
「考えたくない結論ですか?」
「馬車が逃げていて、盗賊ともが馬に乗って追いかけていました。馬と馬車では、馬の方が有利です」
「……それで引きずり落とされた?」
「のかもしれませんし、落とされた可能性もあります」
「落とされた?」
エリアーヌもエディスも驚きの声をあげる。
国王は、アッフェルとエリアーヌを置いていき、信頼できる者と逃げていたはずである。馬車から突き落とす者と一緒にいることなど、あるのだろうか?
「死体のあった場所には他に何もなく、争ったような跡もありませんでした」
報告者が更に別の状況の説明を始める。
「女王陛下の前でこのようなことを申し上げることをお許しください。仮に盗賊が財宝以外のものを狙う場合、前王でしょうか? 第一王女でしょうか?」
「……姉さんですね」
盗賊が捕獲できる範囲に捉えていたのなら、国王だけを引きずり落として満足することはないだろう。
エイルジェは大陸三大美少女と呼ばれているような存在である。彼女も捕まえようとするはずだ。しかし、現場の状況からそれはありえないという。
となれば……
「……前王は一際体重が重い人で、逃亡する馬車の負担となることは間違いありません。恐らく姉さんが突き落として、安全に逃げようとしたのですね」
エリアーヌの言葉にエディスはギョッと目を見開く。
「自分の父親を突き落としたわけ?」
いくら何でもそんな残酷なことが、とまずは思った。
しかし、冷静になると、ありえないわけではない。
軍を不利な戦地に行かせた挙句、自分達は逃げようとしたのである。盗賊に襲われて危険かもしれないと思った場合、父親を突き落としたとしても不思議はない。
「姉さんはそのまま東に逃げたということでしょうか?」
「恐らくは……」
エリアーヌは王の間に掲げられている地図を見た。
ピレントの東はネーベルである。
「うーん」
エリアーヌは首を傾げる。
「どうしたの?」
「ピレントとネーベルは昔から仲が悪いのよ。こっちは農業国で、あっちは商業国。王族にしても国民にしても価値観から何から違うから。そんなところに逃げても、姉さんにとって得になるのかなと思って」
「でも、仲が悪いからこそ、ピレントの第一王女が土下座してきたぜ、うヘヘヘと思ったりするんじゃない?」
「……エディス、もうちょっと上品に言おうね」
冷静に諭され、エディスは小さくなる。
「……うん」
「その考え方もありうるけど、私が女王として即位したのにおおっぴらに姉さんを受け入れたら、それを理由にビアニーが攻め込むかもしれないのよ」
ネーベルの国民としてみれば、ピレントの王女を抱え込んだがゆえに攻め込まれるなどとなったら溜まったものではない。
「……損か得かで考えたら、あまり得ではないと思うのよね。もちろん、こっそりかくまうことはありうるけど、姉さんは派手好きだから息をひそめて生活するなんてできないと思うし」
「なるほどねぇ」
確かに短期間ではあるが、エイルジェが派手好きというか、自分が上にいないと気が済まない性格であることはよく分かっている。
「じゃ、別のところに逃げるのかしら? ステレアとか、レインホートとか」
地図の隣の国を適当にあげる。
「レインホートは弱すぎるから話にならないわ。ステレアは、ありうるはありうるけど、女王リルシアに対して姉さんは散々罵倒していたから……」
「何で罵倒していたの?」
「あんなブスが女王だなんて国民が不幸だ。私のような美人が上に立つべきだって」
「……エイルジェ、本当に言いたい放題なのね」
と言いながら、エディスは自分も時に言いたい放題であることを自覚する。
エイルジェのようになってはなるまい。密かにそう誓うのであった。
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