第7話 決断

 夕暮れ時になり、エリアーヌとエディスが巡回を終えて王城に戻ってきた。


「街の方はどう?」


 問いかけると、エリアーヌは浮かない表情になる。


「一番はビアニー軍が来たらどうなるのかという不安みたい。勝てるとは思っていないみたいだし、東門を攻撃されたこともあるし……」

「そのビアニー軍に関する点で言うなら」


 ビアニーからは女王として即位するよう要求されている。その条件をセシエルは伝えた。


「エリアーヌがピレント女王になるの?」


 エディスは目を丸くしている。


「……でも、国王も第一王女も自分勝手で王にふさわしくないし、そうなるとエリアーヌしかいなくなるわけか……。うーん、ネミリーはどう言うかな……」


 エディスは政治や外交といったことは分からないし、判断できる自信もない。だから、この場にいないネミリーの判断を求めたいようだ。


「分からないけど、ここにいないネミリーに意見を聞くわけにもいかないよ。伝書鳩に手紙を持たせて伝えることはできるけど、僕達が感じているような緊迫感を彼女が感じることはないだろうし」

「それもそうか……」


 エディスはエリアーヌを見た。


「……引き受けるしか、ないんじゃないかしら?」

「僕もそう思うけれど、決めたら、後戻りはできなくなる」


 ビアニーの支援を受けて即位する以上、今後はビアニーにくっついていくしかない。ピアニーが理不尽な要求をしたとしても、ピレントには反対する術がなくなる。


「……もちろん、そんなに理不尽な要求はしないと思う。ビアニーは更に東に攻めるみたいだし、そうなるとピレントが補給で協力してくれないといけないからね」


 補給面のこともあるし、今後、ビアニーが更に戦線を拡大するならば、ピレントの扱い方が他国から参考にされる側面もある。仮にビアニーがピレントに苛酷な措置をとったとすれば、他のガイツリーン諸国は中々ビアニーに従わないことになる。


 それはビアニーにとって、都合が悪いだろう。



 改めてセシエルはエリアーヌの意思を確認する。


「即位するということでいいかい?」

「えぇ、どの道、お父様やお姉様はアッフェルの責任者たることはできないし、そうなると私しかいないでしょ」

「了解。では、ジオリスに伝えに行きたいけれど」

「けれど?」

「さすがに僕一人で、これを報告することはできないよ」


 エリアーヌがアッフェルの責任者として降伏を打診しているので、その条件を聞く。


 これならセシエルの立場でもできる。


 しかし、エリアーヌの即位、ビアニーに対する降伏文書までセシエルが締結することはできない。セシエルはあくまで第三者であって、ピレントの責任者ではないから、だ。


「これができるのは、もちろんエリアーヌだけど……」


 いくら降伏するとはいえ、エリアーヌがビアニー軍に出向くというのは屈辱に過ぎる。


 となると、それに次ぐ責任者としては、マゴーン川にいる軍司令官のスールベリ・ライヒ、あるいは総政務官のホーリア・プラカルのいずれか、だ。


 軍に帯同しているスールベリにはアッフェルのことは分からないから、適任者はホーリアしかいない。


「分かった。私の口から伝えないとダメね」


 エリアーヌは頷いて、ホーリアを呼び出した。



「セシエルから聞いているとは思うけど、ビアニー軍は私が女王として即位することを望んでいるらしいわ。責任者としての地位を引き受けた以上、実質的に即位するようなものだし、了承します。私には細かいことは分からないから、その他のことは貴方の一存に任せますので、ビアニー王子ジオリス・ミゼールフェンと交渉してください」

「ははっ!」


 ホーリアは平服し、次いで謝罪の言葉を口にする。


「我々が至らぬばかりに、エリアーヌ殿下……いえ、陛下に損な役回りをさせてしまい、本当に申し訳ございません」

「……そんなことはないわよ。むしろ、私の方こそ、今まで何もしてこなかったわけだし」


 エリアーヌはそう言って微笑む。


「交渉の方はよろしくお願いします」

「ははっ」


 ホーリアは再度平服し、それが終わるとセシエルと共に王城の外へと出て行った。



 エディスはその間、黙ってエリアーヌを見つめていた。


「どうかしたの?」

「……前から、エリアーヌは私より大人だな~って思っていたけれど、何だかますます大人になったみたい」


 唐突な言葉に、エリアーヌが目を見開いた。


「えぇ、そうかな? それって私が年寄りだってこと?」

「そうじゃないわよ。私だったら、こんな立場になったら、頭に来て国王を追いかけて捕まえたいって思うもの」

「アハハ、でも、エディスならやろうと思えばできるわよね」


 そう笑ってから、一転して真顔になる。


「お父様ともお姉様とも特に仲が良かったわけではないけど、今後は敵、ということになるのよね。そう考えると辛いわ……」

「エリアーヌ……」


 エディスは何か言おうとしたが、適切な言葉を思いつかなかったのだろう。


「何もできないけど、でも、私はエリアーヌの味方だからね」


 と両手を掴む。


 エリアーヌは再度笑顔を浮かべた。


「ありがとう、エディス。そばにいてくれるだけで、嬉しいよ」

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