第6話 即位への道

 ピレント軍は引き続き川の手前側に残留するようなので、セシエルはすぐにアッフェルへと帰還した。


 二日かけて戻り、すぐに王城へと戻る。



 待っていたのは総政務官のホーリア・プラカルだ。


「エリアーヌは?」

「街の方に出ております」


 意外な答えに、セシエルは目を丸くする。


「街に出ている?」

「はい」


 ホーリアは浮かない様子で話を始めた。


 理由は二つあるらしい。


 まずは、市民の間にパイロープとエイルジェが逃亡したらしいという噂が広まっており、それによって不安が広がっていることだ。このため、少なくともエリアーヌが残っているということをアピールするために、街を巡回しており、エディスはその護衛について回っているらしい。


 アッフェルで反乱や市民の逃亡などを起こすわけにはいかない。そんなことをすると、ビアニーが条件を釣り上げてくる可能性があるからだ。従って、エリアーヌが市民を慰撫して回るのは当然と言えば当然だろう。


「もう一つは?」

「……実は、これもまだ確認中なのですが、東へ向かう街道の外れで国王の死体らしきものがあったという報告がありまして」

「国王の死体!? どういうこと!?」


 思わず叫んだセシエルに、ホーリアが「しっ」と指を立てる。


「あ、失礼。しかし、どういうことですか?」

「国王と第一王女は多くの財宝を持って逃げたはずです。しかし、財宝を持って逃げているとなると、それを狙う連中が大勢出てきます」

「なるほど……。盗賊はもちろん、日頃盗賊でない連中としても、一攫千金の大チャンスだ」


 国王を襲うというのは想定しづらいが、国王が逃げるというのも全く想像できない事態である。多くの財宝を持つ者を殺して、奪い取ろうというのはそれほど不思議な話ではない。


「……でも、国王だけなの?」


 国王には第一王女も、そして恐らく何人かの側近もついていたはずである。


 国王の死体だけが残っていたというのは解せない。



「……報告を受けて、アッフェルに残っていた衛兵を20人ほど向かわせました。調査すれば分かるでしょう」

「そうだね。本当に国王かも分からないんでしょ?」

「はい……。ただ、陛下のような巨漢は中々おりませんからな」

「なるほど……」


 パイロープの肥満しきった体は目立つ。


 あれだけの巨漢……というより肥満体はそうはいない、というのは頷ける話だ。


「いっそ国王だけでなく、エイルジェも死んでいたら楽なんだけどね。おっと、これは失言でした」

「いいえ……、現状では、それが一番良いのも確かではあります」


 国王もエイルジェも死んだとなれば、ピレント王家にエリアーヌしかいなくなる。


 女王の地位が自動的についてくるから、統治という点でも明快になるし、ピレント女王ということで政略結婚的な価値も上がる。


「ただし、国王が死んだと知り、エリアーヌ様が責任者となるとなれば、王を騙る者が出て来るかもしれません」


 国王は大分財宝を運んでいったらしいが、まだ残っているものがある。


 アッフェルにはいないだろうが、東の地方貴族の中にそうした財産目当てで国王の名前を騙るものが出て来たとしても不思議はない。


 貴族が行方不明になると、いらない憶測を呼ぶということはイサリアのアリクナートゥス家の問題でセシエルも痛いほど理解している。


「そうなっても大丈夫なように、アッフェル市民中のエリアーヌの支持を上げておきたいということだね」

「そういうことです」

「ふむ……」


 セシエルは腕組みをした。



 アッフェルの状況が分かったところで、セシエルはビアニー軍からの条件を説明した。


「……なるほど、ビアニーとすればその条件は当然と言えるでしょうな」

「と、同時にエリアーヌにとっても、即位と同時にビアニーの支援を受けることは大きいかもしれない」


 国王が死んでいて、名前を騙る者が出たとする。


 エリアーヌだけなら収めるのに苦労するだろう。あるいは口止め料などを支払うことを余儀なくされるかもしれない。


 しかし、ビアニーの力があれば、そんなことは言えなくなるだろう。


「……どうやら、ピレントを穏便にするためには、ビアニー軍と女王エリアーヌという二つの要素が双方必要っぽいね」

「そうかもしれませんな」

「エリアーヌは性格的に受けるとは思うし、僕も今更止めようがないけど……」


 ネミリーからは文句が飛んできそうだ。


 今のうちに弁明と説明の手紙を書いておいた方がいいかもしれない。


「ちょっと書斎を貸してもらうよ」


 エリアーヌとエディスが巡回から戻ってくるまでに、書いておこう。


 セシエルはそう考えた。

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