第5話 ビアニー司教の要求

 ジオリスは、一旦、重臣達と相談すると言って、本陣の方に入っていった。


 その間はセシエルにとっては待つ時間である。何もすることがないので、想定される相手の問いかけとその回答を考える。


 およそ30分、ジオリスが戻ってきた。


「重臣達と話をした結果、俺とおまえと司教とで決めてほしい、ということになった」

「司教?」

「兄上の軍師みたいな存在だな。ガフィン・クルティードレという変わった司教だ」


 司教が軍師を務めるというのは、時々ある。


 司教というのは大抵様々な知識を持っているし、その職業上、教え導くことも得意だ。軍師などの職責とはもっとも相性のいい職業とも言える。


 当然、かなり頭の良い人物であることが予想されるから、簡単には説得できないかもしれない。ただ、相手が一人ならジオリスもいるのだし、心理的には有利とも言える。


「分かった」


 セシエルも頷き、本陣へとついていく。



 三人で話を決めてほしいということであったが、いざ本陣に行くと数人の将軍級の人物も座っていた。


 その中の1人、空席となっている中央に置かれた椅子の右側に置かれた若者が立ち上がる。若者とは言っても、世間的に、という意味でセシエルやジオリスよりはかなり年上だ。


「遠いところからようこそお越しいただきました、ティシェッティ公子。私はアンフィエルで司教を務めておりますガフィン・クルティードレと申します」


 ガフィンと名乗った男は、「変わった男」というジオリスの指摘とは裏腹にとりたてて特徴がないように見えた。茶色の髪に、黒っぽい目は珍しくも何ともないし、司教のローブも地味極まりない黒の無地だ。司教というより、新米牧師のようにすら見える。


「セシエル・ティシェッティです」

「先ほど、ジオリス殿下からおおよそのことと要望を伺いました。そのうえで申し上げますが」


 ガフィンはニッと笑みを浮かべた。


「エリアーヌ殿下がレルーヴに亡命するという点、これは認められません」

「……どうしてですか?」


 主たる要望を即座に斬って捨てられ、セシエルは少しムッとなる。


「簡単ですよ。これはビアニーにとって非常に都合が悪い。既にピレント国王パイロープと第一王女エイルジェがどこかに逃げている。ビアニーの方に逃げていない以上、ガイツリーンのどこかに逃げるのでしょう」

「そうですね」

「彼らが国王や第一王女にふさわしいかどうかはさておき、逃げた先でピレントの亡命政権などを主張することは容易に見えています」

「……そういうことですか」


 セシエルは内心で舌打ちした。



 パイロープは逃げてしまった。ガフィンの言うように、この男を国王として祭り上げ続けるのは腹立たしいが、そうは言っても国王であることは変わりがない。


 ビアニーとしては、どうせ占領するなら、そういう正当性の部分も解決したい。パイロープに対して「おまえのような逃げた奴は国王にふさわしくない」と言いたい。


 言うためには、どうすれば良いのか。



「降伏は認めますが、エリアーヌ殿下にはそのままピレント女王として即位していただきたい」

「……」


 想像通りの答えが返ってきた。


 逃げた国王を廃位して、新しい女王が即位する。その女王とビアニーとの間で正式に停戦交渉を締結すれば、戦闘は終結する。


 ピレントには、負けることが必至の戦いを避けることができるというメリットがある。


 一方、ビアニーはピレントに軍を滞在させる正当な理由を得ることができるし、そのまま助力を得ることもできる。軍としてはそれほど頼りにならないかもしれないが、いないよりはマシだろうし、何より反乱の心配をしなくて良い。


 とはいえ、デメリットも大きい。


 事実上崩壊しているとはいえ、ピレントはガイツリーン同盟の所属国である。同盟を離脱してビアニーと停戦するとなれば、エリアーヌに対する他国の風当たりは強くなるだろう。やむをえない形で即位するには、あまりにも不当な評価が伴うことになる。


「……その他についてはジオリス殿下の提案や要望に何ら反対するところはありません。ただし、今後の両国の関係と今後のピレントを考えれば、是非エリアーヌ殿下に女王として即位してほしい。私からの要望はこれだけです」

「……分かりました。ただ、これは僕一人で決められることではありません。一度アッフェルに戻って、エリアーヌと話をしたいと思います」

「構いませんよ。一度などと悲壮なことを言わないでください。二度でも三度でも納得いただけるまで話をしていただいてよろしいと思います。こちらもわざわざ急ぐ理由はありませんし」

「……」


 ガフィンが変わった男なのかどうかは分からない。


 ただ、嫌な男である、とは思った。


 確かにビアニー軍には急ぐ理由はない。現在、総司令官のソアリス・フェルナータは帰国中である。その帰国をのんびり待っても構わない。よしんばその間に戦闘になったとしても、国王と第一王女不在のピレント軍がどれほど脅威になるだろうか。



 ひとまず話がまとまったので、セシエルは本陣を出た。


 ジオリスがついてくる。


「……部外者のおまえに色々交渉事を押し付けて悪いな」

「構わないよ。エディスと一緒に来た時に、僕がこういう役割になるとは分かっていたし。ピレント軍に向かった使節を拾って、エリアーヌと話をしてから、また戻ってくるよ。十日くらいで戻ってくるつもりだ」


 見通しを示すと、セシエルはここまで乗ってきた馬にまたがり、川向うのピレント軍の方へと向かっていった。

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