第4話 ビアニー軍司令官

 その日の午後、セシエルはホーリアの部下であるナスターセ・ウングリエヌとともにアッフェルを出立し、北西へと向かった。


 マゴーン川で対峙しているであろう両軍に接触し、いらない交戦を回避するためである。


 もちろん、状況は分からない。


 到着してみれば、死闘を繰り広げていて、交渉どころではないかもしれない。


 そうした不安はあるが、とにかく行くしかない。



 馬を駆ること二日、前方に川が見えてきた。


 ピレントの地形に詳しくはないが、両軍が対峙するだろうマゴーン川だろうと見当つける。予想より早いのは、歩兵抜きにひたすら馬を飛ばしに飛ばした結果であるらしい。


 すぐにピレント軍の陣容が見えてきた。


 それを見てセシエルは安堵する。


 まだ戦闘状態には入っていない。睨み合っているだけのようだ。


「僕はビアニー側に行くので、ピレント軍をよろしく」


 ついてきたナスターセに依頼して、セシエルは川の向こうへと向かう。



 川を渡るには、橋。


 であるが、ピレント軍が落としていた。


 そのため、河岸でセシエルは行き場を失う。


 川向うのビアニー軍のところまでどうやって行けば良いのか。何も言わずに川を渡ったのであれば、ピレント軍の兵士と勘違いされて弓で射殺されるかもしれない。


 とはいえ、渡れる安全な場所をのんびり探す時間もない。


 となると、結局、大声で自分の立場をアピールするしかない。


「僕はスイールから来たティシェッティ家のセシエルだ! ピレント女王エリアーヌの要請を受けてここまで来た!」


 しばらく時間がかかる。「ピレントは女王じゃないだろ?」や「スイールの公子が何でこんなところに来るんだ」という面倒くさい指摘も聞こえてくる。



 セシエルは内心はムッとなる。


 そもそもの発端はそちらが勝手に軍を差し向けたことではないか。


 それで交渉に来たなら、「おまえは何をしに来ているんだ」はない。


「お前達では話にならない! ジオリス・ミゼールフェンかソアリス・フェルナータを呼んでこい! ティシェッティ家のセシエルが話をしに来たと!」


 三男なので養子先を探せと言われている。だから、実家に頼りたくはない。


 しかし、この場で頼れるのはスイール第二の貴族という肩書になるのは確かだ。



 大袈裟に啖呵を切った甲斐はあった。ビアニーの先遣隊はひとまず本部に伺いを立てに行ったからだ。


 ジオリスがいれば話は早いだろうが、そうでない場合は「何でスイールの貴族がいるのだ。おまえは本当にティシェッティ家の者なのか」という疑問が出て来るだろう。色々面倒になるかもしれないが、その場合は仕方がない。とにかくジオリスに会わせろというしかない。


 果たしてどうなるか。



 しばらく待っていると、見覚えのある男がやってきた。


 ピレントに上陸後、アッフェルに向かう途中、ジオリスと一緒にいた人物だ。


「……殿下がお待ちです。どうぞ」


 向こうが覚えていたようで、川を渡ることを許可してくれた。


 とはいえ、渡ることには覚悟がいる。渡っている間に矢でも撃たれたらすぐにハリネズミになるのは目に見えているからだ。もちろん、逡巡している時間はないので、渡るしかない。


 幸い、途中で攻撃を受けることはなく、相手の待つ川岸までたどりついた。


「それでは、ジオリス殿下のところまで案内いたします」


 相手が一礼して言った。


「貴方はジオリスの部下なの?」


 ついこの前に見た相手であるが、名前などは知らない。アッフェルまでの道のりでジオリスと一緒にいて、今もジオリスのところに案内しようとしている以上はジオリスの部下なのだろうかと思ったが。


「いえ、私はソアリス殿下の旗下にいます。ただし」

「ただし?」

「……いえ、まずはジオリス殿下の下まで案内します」


 思わせぶりではあるが、話が通じる相手はジオリスであるから信用するしかない。



 陣地を横切ること20分、ビアニー軍の本陣らしきところについた。


「セシエル、どうしたんだ?」


 出迎えに来たのはジオリスだ。


「色々あってね。総大将の君の兄上、ソアリス・フェルナータに会いたいんだけど」


 そう尋ねると、ジオリスは首を左右に振った。


「ソアリス兄上はいない」

「いない?」

「婚約者が危篤になったので急ぎ、フェルナータに帰国した。今は俺が暫定的に総司令官だ」

「そうなんだ……」


 皮肉なものである。


 アッフェルが滅茶苦茶な状況となり、降伏の意思を伝えに来たら、攻め寄せてきたビアニー軍にもトラブルが発生していた。


(やりようによっては、切り抜けることができていたのかもしれないのに……)


 内心ではそう思ったが、後の祭りである。


 当初の予定通りに進めるしかない。


「実は……」


 セシエルはアッフェルの状況を隠すことなく伝えた。


「……ということで、現在アッフェルとピレントの責任者はエリアーヌになっている。さすがにこの状況ではどうしようもないから、降伏したい」

「うーむ……」


 ジオリスの表情は浮かない。


「正直、俺としてはセシエルの希望通りにしたいとは思うが、俺も兄上がいないから仕方なく司令官となっている身だ。兄上のスタッフ達の意見を無視するわけにはいかないから、意見を聞いてみてからでないと」

「分かった。僕も参加していいかい?」


 ジオリスだけで済めば話は楽だが、そこまで甘くはない。


 ただ、セシエルは元々ソアリスを説得する必要があると考えていた。


 彼のスタッフが相手なら、同じことをするだけだ。

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