第3話 新たな責任者

 昼になろうという頃になっても、国王パイロープと第一王女エイルジェが出てくる気配はない。


「これはもう、仮にアッフェル市内にいるとしても見過ごせる話ではありませんな」


 総政務官ホーリア・プラカルが渋い顔から絞り出すような声を出した。



「信じられない!」


 エディスが感情的に叫ぶ。


「最初から逃げるつもりで軍隊を外に出したってこと!? 軍の人達を何だと思っているの? 一体、何様のつもりなの! こんな無茶苦茶なことをするんだったら、最初から降伏していたら良かったじゃない!」

「え、エディス……気持ちは分かるけどさぁ」


 セシエルは苦笑しながら、言いたい放題のエディスを止めようとする。


 ちなみに、エイルジェがいないこともあって、エディスは重々しいフードを外している。絶世の美少女が口さがなく国王と王女を非難するという構図に、ホーリアも呆気に取られているが……


「……いえ、おっしゃる通りでございます」


 エディスの非難を正当なものとして認めたホーリアに対して、エリアーヌが問いかける。


「それで、私はどうすればよろしいのでしょうか?」

「……事ここに至りましては、我々としてもどうしようもありません。エリアーヌ殿下はこの度のことに責任はないのですから、逃げるのであれば馬車を用意いたします」

「え、逃げちゃっていいの?」


 エディスが拍子抜けした顔で、ホーリアを見た。沈んだ面持ちのまま、彼は頷く。


「はい。他の者の了承は私がとることといたします」


 エディスが明るい顔になる一方、エリアーヌは複雑な表情を浮かべた。


「私が逃げた場合、アッフェルはどうなるのでしょうか?」

「……国王を含めた王家の者が全員不在である以上、私とスールベリでビアニー軍を迎え入れるしかないでしょう」

「……」


 エリアーヌは無言のまま部屋の天井を見上げ、次いで壁の絵に視線を向けた。



「エリアーヌ、みんなが逃げていいって言っているから一緒に逃げようよ」


 エディスがエリアーヌの裾を引こうとするが、エリアーヌはそれをはらいのけた。


「エリアーヌ?」

「エディス、ごめんね。事情が変わったの」


 唐突なエリアーヌの言葉に、エディスはムッとした顔になった。


「事情って何よ? 勝手に逃げてエリアーヌに責任を押し付けようなんていう人たちの言うことを聞く必要なんてないでしょ。この前言ったじゃない。一緒に逃げるって。約束は守ってよ」

「それは昨日までの話よ。ネミリーと違って、私は自分の能力でこれだけの生活をしているんじゃない。みんなの信任を受けて王族としての特権を受けているのよ。こういう時に、誰も責任を取らないのなら、今まで私達に尽くしてくれた人たちはどうなるの? 私は何もできないけど、それでもこういう時に私まで逃げるなんてことは絶対できない。私はピレントの人達を代表しなければいけないの」

「エリアーヌ……」

「私はそんなことくらいでしか貢献できないのだから、できることをしなければならないの」

「でも……」


 なおも何か言おうとするエディスをセシエルが制する。


「……エリアーヌ、君の気持ちは分かったよ。当初の想定とは違うけれど、僕達の役目は君がこの危機を安全に乗り越えることだ。そのための協力なら、何でもするよ。それでいいよね、エディス?」


 セシエルがじっと従姉を見る。


 エディスも小さく頷いた。



 エリアーヌがピレントの責任者となるという方向性が明確になったことで、セシエルは次の考えを示す。


「まずは急いで、衝突を回避しなければならないし、既に衝突しているのなら、それを停戦させないといけない。そのうえで、ビアニーに対して、抗戦意思がないことを説明する必要がある」

「そんな都合のいいことができるかしら?」

「これは僕がやるよ。ジオリスを通じて、相手の指揮官ソアリス・フェルナータと話をしてみる」

「大丈夫? 私もついていった方がいいんじゃない?」


 エディスが心配そうに尋ねるが、セシエルは右手で制する。


「いや、エディスはエリアーヌのそばにいた方がいい。何があるか分からないし、それにアッフェルにエディスが残っていると言った方が、相手には効くはずだ。ただ、ピレント軍にも説明をしなければならないから、急使が一人欲しいかな」


 セシエルは責任者のホーリアの顔を見た。


 恐らく、ビアニー軍とピレント軍は川を挟んで対峙しているだろう。ひょっとしたら交戦しているかもしれない。セシエル一人では両軍に説明するのが時間差となり、余計な戦闘が入ってしまう可能性がある。


 ほぼ同じタイミングで両軍のトップを説得する必要がある。


「分かりました。誰かしら用意いたしましょう」


 ホーリアが頷いた。



「次に相手との交渉内容を決めておきたい。先ほど、ホーリア・プラカル総政務官はビアニーを迎え入れると言った。僕も、現状ではビアニーに降伏するしかないと思う。どうだろう?」

「……異論ありません」

「細かい条件については、相手を迎えてから話した方がいいと思うけど、あらかじめ出しておきたい条件は何かある?」

「……責任者を含めた処分については任せます。ただ、アッフェルの市民や軍については」

「……市民と軍については了解。残りの部分は一応そう認識しつつ、なるべく穏当に計らうように頼むことにする。これでいいかい?」


 セシエルがエリアーヌに尋ねる。


 パイロープとエイルジェがいなくなった以上、アッフェルの、いやピレント王国の最高責任者はエリアーヌである。


 最終決断を下すのも彼女だ。だから、セシエルはその確認を求める。


「……セシエル、ありがとう。お願いします」


 エリアーヌは頭を下げた。

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