第2話 主人なき城塞
3人が城塞に戻った時、国王パイロープと第一王女エイルジェはまだ戻っていなかった。
「まだどこかで騒いでいるのかしら?」
エディスの声には軽い敵意が含まれている。
エリアーヌもさすがにこの事態でも尚、戻ってこないという事態は想定外のようだ。どうしたらいいのかと戸惑っている。
そういう中でも、セシエルはやるべきことを理解している。
城塞に隣接している政務官の建物まで足を運び、城塞の責任者である総政務官ホーリア・プラカルを探し、東門の事態を報告に向かった。
実質的な責任者は国王というより、この政務官であろう。だから、彼に伝えておけば最低限のことはなされるはずだ、という考えだ。
「……別動隊はそんなに人数が多くないので、本格的な攻撃はできないでしょうし、はっきりと見える朝昼にも来るとは思いません。
「承知いたしました。エリアーヌ殿下、セシエル公子、報告感謝いたします」
「それでは、私達は寝室に戻ります」
報告が終わり、3階の私室へと戻る。途中、「あの人、私だけ無視していなかった?」とエディスが自分を指さしながら愚痴っているが、2人とも聞いている余裕はない。
エディスとエリアーヌが寝室に、セシエルはその隣のお付の部屋に入る。
入ってしばらくして横になると、疲労もあって睡魔がやってきた。
翌朝、セシエルは目が覚めると、昨晩、何かしらの動きがあったか確認すべく、再び総政務官のホーリアを訪ねようとした。
部屋を出ると、様子がおかしい。
若い衛兵や政務官が小声で何か話をしている。
「どうかしたの?」
何気なく問いかけた。相手が「誰だ?」という顔で振り返り、一瞬して「あ、エリアーヌ殿下の御友人でしたか」と失礼を詫びる。
「……失礼はいいけど、何か不安そうな顔をして話していなかった?」
攻撃を受けた、というわけではなさそうだ。
それならば、廊下でヒソヒソ話をしている余裕はないはずだ。
2人は顔を見合わせ、困惑した顔を浮かべて「ここだけの話ですが」と小声で話をしてくる。
「陛下とエイルジェ殿下が昨晩戻られていないようなのです」
「えっ、そうなの?」
事実だとすれば奇怪なことである。
国王と第一王女が王城にいないというのはありえない。
城が攻撃されたのに、王城でないどこか別のところで寝るなどありえるだろうか。
「……」
考えていると、ホーリアがやってきた。こちらも浮かない表情をしている。
「おぉ、セシエル公子ではないですか」
「おはようございます。彼らから聞いたのですが、陛下と殿下が見当たらないとか?」
「そうなのです。どうも昨晩から戻ってきていないようでして。離宮にいるかと思ったのですが、そちらにもいないようでして」
エリアーヌがアッフェル市内に幾つか私用の建物を持っていることは有名のようだ。だが、そのいずれにもいないという。
「……」
あまり良くない可能性を思いついた。
セシエルはホーリアと別れてエリアーヌの私室に向かう。
扉をノックして、「エリアーヌ、エディス、起きている?」と尋ねた。
「大丈夫よ。入っても」
エリアーヌの声がしたので、中に入る。
既に着替えも済ませていたようだ。一方、奥のベッドの布団が盛り上がっている。朝の弱いエディスはまだ寝ているのだろう。
「国王と第一王女が昨夜から見当たらないらしい」
エリアーヌが目を見開いた。
「どういうこと?」
「アッフェルの中にある別荘にいるのではないかと探しに行ったけれど、そこにもいなかったようだ」
「……」
「アッフェルの外に別荘はないかな?」
「東の方に、二つあるとは聞いているけれど……」
エリアーヌはありえない、と首を傾げる。
「どう考えても、そんなところに逃げるより、アッフェルの中にいる方が安全よ?」
「そうではなくて、僕達と同じことをあの2人も考えていた可能性がないかな?」
「セシエル達と同じこと?」
「つまり、勝ち目がない。とっとと逃げようって」
「えぇっ!?」
エリアーヌの叫び声に、布団が動く。
「……なぁに、朝から?」
エディスが身を起こして顔を向けてきた。完全に寝ぼけ眼で、意識は半分くらい夢の中にいそうだ。
「アハハ、何でもないよ」
「そう……おやすみ」
エディスは再び横になった。
「……でも、どこに逃げるの?」
「国王と第一王女は財産を多く持っているから、その気になればどこにだって逃げられるでしょ?」
多くの別荘に財産を分散していたのだろう。それらを集めて、更にアッフェルの外にある別荘の財産も集めて、隣国に亡命する。ある程度の財宝を渡せば、問題なく亡命が認められるはずだ。
エリアーヌが絶句しているところに、扉が叩かれた。
「申し上げます。昨日、北門から十台あまりの馬車が出て行ったとの情報が入りました。エリアーヌ殿下には急ぎ王の間に来ていただきたく……」
「……馬車が十台……」
エリアーヌは絶句し、大きく息を吐いて扉の外に向けて答えた。
「すぐに向かいます……」
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