第10話 ハルメリカの支援
2月10日、ハルメリカ。
ネミリー・ルーティスはエディスとセシエルを出発させた後も、情報収集への努力を怠ってはいなかったが、さすがに鮮度には限界があり、ビアニー軍が出撃したという情報以降は全くつかめていなかった。
この日、高台にヴァトナから放たれた伝書鳩が到着し、その足にくくりつけられていたセシエルの手紙でようやく状況を理解することになる。
手紙を開いて読み始めたネミリーの表情は、すぐに暗くなった。
「国王と第一王女が逃亡? 何やってんのよ……」
と思わず毒づき、その先を読んで、エリアーヌが女王として即位するしかなくなったということに「えぇぇ」と溜息をつく。
「でも、セシエルがそう考えるのならどうしようもないわね」
ビアニーとピレントとの関係はネミリーも理解している。
国王と第一王女が逃亡するという事態はさすがに予測できなかったので、それを踏まえれば亡命が不可能なことはやむをえない。
そのうえで、「ハルメリカからスタッフを派遣してほしい」という文に腕を組んだ。
セシエルの意図としては、国王や第一王女の部下を放逐し、それをハルメリカからのスタッフに挿げ替えたい、ということのようだ。
意図は分かる。
しかし、かなりの難事とも思えた。
立場を失った者は当然不満を有している。彼らは「新女王はレルーヴから群臣を迎え入れ、ピレントの臣下をないがしろにしている」と言い出すだろう。
もちろん、国王の失態とエリアーヌへの期待もあるので、しばらくは大丈夫だろうが、時間が経過して、成果が上がらない場合は市民達も不満を溜めていくはずだ。
つまり、ハルメリカからスタッフを派遣する場合、早期に結果を出す必要がある。
「となれば、かなり大規模に派遣する必要があるわね……」
ネミリーは秘書のコロラ・アンダルテを呼び、セシエルの要請を基とした指示を伝える。「何人くらい?」という問いかけには。
「20人」
と、あっさりと答えた。
コロラが目を丸くする。
「そ、そんなに大勢、ですか?」
「そうよ。2人や3人で円滑な処理ができるはずないでしょ。向こうがどう思うかなんて気にしていても仕方ないわ。一気に変えられるだけのメンバーを連れていきなさい」
「それだけ派遣してしまうと、ハルメリカの方のスタッフが足りなくなりますが」
「足りない分は補えばいいでしょ。エルリザやイサリアから連れてくればいいのよ。ハルメリカは今すぐにやらなければいけないことはないけど、ピレントはすぐに色々結果を出さないといけないのだから」
「わ、分かりました」
「移動に関しては、ヴァトナはピレントにあるから、アレッチで派遣するしかないわね。あれはヴァトナほど早くはないけど、普通の船よりは早いでしょうし。というか、名簿を持ってきなさい。私が選ぶから」
指示の内容を変えてから、更に別のことに毒づく。
「全く、このクソ忙しい時にもお兄様はゼルピナで棒きれを振り回しているんでしょうねぇ」
「ネミリー様」
コロラのいさめるような言葉に、ジロッと厳しい視線を向ける。
「何よ? 本当のことでしょ?」
「それはそうですが、クソ忙しいというような品の無い言葉を使われてはなりません」
「……とても忙しい時に、お兄様はゼルピナで」
「それでよろしいです」
口うるさい、そうは思うものの、こうした口の悪さが無意識に出るとまずいのも確かであるから、ネミリーはしぶしぶ受け入れる。
もちろん、遠く離れたアッフェルで、エディスがエリアーヌから似たような指摘を受けたことは知るべくもない。
ネミリーはその日のうちに20人を選び、直ちに招集をかける。
「明日にでも出発させ、可能な限り急いでアッフェルまで行かせなさい。で、アッフェルまで行ったら、エディスはハルメリカまで呼び戻すように伝えさせて頂戴」
降伏が決まり、国家が新体制に移行したのなら、セシエルはともかくエディスがいても仕方がない。
「敵を吹っ飛ばせる点ではエディスは頼りになるけど、味方の政治やら外交まで吹っ飛ばしかねないからね。早いところ戻して、今度はゼルピナに行ってもらうわ」
「ゼルピナですか……」
「そうよ。エディスを置いておけば、サルキアも動く余地がないでしょ。お兄様やルードベック家より、エディスの方が危険なのよ。その事実を認識すれば、お兄様ももう少しまともになるでしょ」
「そうかもしれませんが、ネリアム様とエディス様を置けば、火薬と爆薬とで大爆発を起こさないでしょうか? 先ほど味方の政治や外交も吹っ飛ばすとおっしゃられておりましたし……」
副官の意見に、ネミリーはこれ以上ない程嫌そうな顔をした。
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