3.新女王・エリアーヌ

第1話 即位式・1

 ネミリーが準備を始めた頃、セシエルは北の港町を経由してアッフェルへと戻っていた。


 既に王城内では、今後に向けての計画が進んでいるが、唯一気がかりなのは。


「やはり市民の不安、それに対してエリアーヌがどう評価されるか、だ」

「……そうね」


 セシエルの端的な言葉にエリアーヌは不安げに頷く。


 何と言っても実績がない。


 年齢も16歳と若いこともあるが、元々控え目だっただけにエイルジェのような派手な実績はない。


 セシエルやエディス、ネミリーはそうした性格を美徳として捉えているが、何も知らない市民はそうは受け取らない。


「だから、多少派手な手段を使う必要がある」

「派手な手段?」

「そう、派手な手段」


 自信ありげに答えるセシエルに対して、エリアーヌとエディスは不思議そうにお互いの顔を見合わせるのであった。



 次の日、ビアニー軍の側から一人の騎士が派遣されてきた。


「ジオリス殿下とガフィン司教の指示で参りましたマーカス・フィアネンと申します。セシエル公子にお会いしたいのですが」


 と挨拶するその男は、薄い色合いの金髪が鮮やかな見事な美男子であった。


 出迎えたセシエルも思わず軽く飛びのく。


「お~、ビアニーの美男子は凄いなぁ」

「……はぁ」


 マーカスは訳が分からないという顔をしている。表情の奥底には不満そうな思いも見受けられた。見映えで評価されていることが気に入らないのだろう。そういう点はエディスと似ているとも言える。


「公子の言うことを聞くようにということでしたが、私は一体、何をすれば良いのでしょうか?」

「うん、エリアーヌの即位式に出て、ちょっとしたことをやってもらいたいんだ。大丈夫、そんなに難しいことではないから」

「即位式?」


 マーカス本人もさることながら、傍らで聞いているエディスがより不思議そうな顔をする。


「エリアーヌの即位式に、この人が必要なの?」


 セシエルは大きく頷いた。


「この人も必要だし、エディスの力も必要だね」

「……私も?」


 一体どういうことなのか。


 マーカスの顔を眺めて、エディスは首を傾げた。




 次の日、アッフェル市内の人が集まりやすい場所に高札が掲げられた。


 ビアニー軍がいつ近づいてくるか分からない不安な状況である。新しい高札が掲げられたとなるや、多くの領民が集まって記載されていることを確認する。と言っても、アッフェル市民のうち文字がきちんと読めるのは二割程度である。多くの者は読める者を頼りにしているのであるが。


「……二日後、王城前の広場でエリアーヌ様の即位式が行われるそうだ?」

「エリアーヌ様? ということは、やはり国王とエイルジェ王女は逃げたということか?」


 逃げたという言葉に、多くの者が不安げな表情を浮かべる。


 それを見ていた衛兵が大声をはりあげる。


「勝手なことを言ってはいかん! ビアニー軍との戦いという緊急事態だ! 国王が逃げたのではなく、一番ふさわしい者が即位するのかもしれない!」


 一番ふさわしい、という言葉に集まっている者達の不安は少し晴れる。


 少し考えれば、第一王女を差し置いて第二王女が即位するということは不思議なのだが、王位継承のルールは複雑であるし、細かく知っている者もいない。


 更には衛兵が、他国の例をあげる。


「隣国・ステレアでは、前王レグルスの甥にあたる者達ではなく、遠縁のリルシア・アルトリープが即位した! そのようなことがここピレントでもあるのかもしれない!」

「おぉ、そうかもしれない」


 例示されたことも領民達が詳しく知るところではない。


 とはいえ、ステレアの王位継承が色々不可解なものだったらしいという噂は多くの者が知っている。それと比べれば姉を差し置いて妹が即位したとしても、それほど不思議ではないのではないか。勝手な根拠で大勢が何となく納得する。


「そもそも、あのエイルジェというのは美人だが態度が悪かったし」

「確かに。本人も酷いが、一緒についていたデブの女どもと来たら尊大で我々市民をゴミのように見下していた」


 そうなると現金なもので、民衆の間で澱のように沈んでいたエイルジェと近侍の者に対する不満が浮き上がってくる。


「エイルジェ王女よりはエリアーヌ王女の方がマシなのではないか?」

「そうだろう。多分そうに違いない」

「でも、国王陛下は?」

「国王陛下は太り過ぎだ。多分病気で動けないのだろう」

「逃げたのではなかったのか?」

「逃げてもあの肥満体では逃げられんだろう」


 めいめい、好き勝手なことを言いだした。その中にはロクなものがない。ほとんどが不満や悪口だ。


 ただ、悪口が多くなってくると、エリアーヌの存在感の無さは逆にプラスとなる。悪口を言おうにもどんな人物なのか分からないからだ。



 アッフェルのいたるところで「エリアーヌ様なら、今までよりはマシなのではないか」という根拠のない期待が沸き上がり、それを受けて「明後日即位式をやるというのだし、見に行ってみようではないか」という声も増えてくる。



「これで良し」


 遠くから眺めているセシエルは満足そうだ。


 その様子をフードを被っている従姉が不思議そうに眺めている。


「これで、即位式でエリアーヌが一気に人気爆発するの?」

「そうだよ、そうさせるんだ。僕達の手で」

「私達の手で?」


 エディスはどうにも分からないという様子で首を傾げた。

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