第2話 即位式・2

 2月15日、アッフェルで新女王エリアーヌの即位式が開催された。


 既にピレント軍はアッフェル近くまで撤退してきている。それを追うかのようにビアニー軍も近くまで移動しているが、両軍とも事態の推移を把握しているのでそれぞれ手出しをすることはない。


 とはいえ、劣勢のピレント軍はともかく、優勢のビアニー軍がただ素直に前進しかしていないのはジオリスの努力も大きい。ジオリスが軍師のガフィン・クルティードレをはじめとした部隊指揮官につぶさに伝えているからこそ、城外で素直に待っているのだ。



 そうした城外の状況も把握しつつ、セシエルは即位式の企画を総政務官のホーリア・プラカルと共に練っていた。


「伝統的な即位式のことはお任せしますので、企画的なことは僕に任せてください」


 そう自信に満ちた様子で言っており、従姉のエディスとビアニー軍から連れてきた絶世の美男子マーカス・フィアネンを相手に計画を伝えていた。



 そして、この日、即位式を迎える。


 開始は夕刻6時としているが、城外の広場は2時くらいから市民が集まり、4時の時点で満員となっていた。


 多かれ少なかれ国家緊急の事態であることは多くの者が察知している。


 そんな中で即位するエリアーヌには、端的に自分達の運命がかかっている。気にならないはずがない。


 多くの観衆は、計画をしているセシエルにとってプレッシャーでもあるが、反面、それだけ多くの人数を味方につけるチャンスでもある。


「大丈夫ですかな?」


 ホーリア・プラカルが尋ねてきた。セシエルは頷く。


「万事尽くしました。あとは、女王と2人に期待するのみです」



 夕刻の6時。


 既に空は暗く染まっており、地を赤く染めていた陽は西に沈んだ。


 王城の松明が広場を照らし、必然、照らされる場所が目立つこととなる。


 時間が来て、まずはホーリアが壇上に上がった。


 国王を除くと、市民がよく知るアッフェルの政治家はホーリアしかいない。彼が壇上に上がると、話だけは聞くかという雰囲気が広がっていく。


「アッフェルの諸君、今日はよくぞエリアーヌ陛下の即位式に来ていただいた。私はこの場で、今回、エリアーヌ陛下が即位に至る経緯を説明したいと思う」


 そう切り出し、ホーリアは率直に事実を伝えた。


 国王と第一王女がアッフェルを逃げ出したこと。


 逃げることのできたエリアーヌがアッフェルに残ることを伝えたこと。


 そこから先は実際とはやや違う説明だ。


 すなわち、ピレント王国の伝承上の存在である大天使アルフィムや、使徒ガーフィスらが現れ、第二王女エリアーヌこそが現在のピレントを導くにふさわしい存在であると宣告したということだ。



 ピレント王国の建国は200年ほど前に遡る。


 初代国王チゥルリがガイツリーン西部の肥沃な湿地帯を治めた時に、謎の使徒が現れ一国家として独立することを勧めたらしい。その後、ピレントが難しい判断に立たされると美しい天使アルフィムがアッフェルを都として指定したという。


「エリアーヌ殿下……いや、陛下の前にも、ガーフィスは現れた!」


 ホーリアが叫ぶと、王城の塔の上にいるセシエルらが灯りを壇の下にいるマーカス・フィアネンに集中させる。


 ほぼ同時にエリアーヌが壇上に上がり、壮麗な衣装を着たマーカスが恭しくお辞儀をし、壇上に上がり、壮麗な毛皮の上着を取り出した。


「汝、エリアーヌ・ピレンティよ! 我、大地の使徒ガーフィスはそなたを次なるピレント国王として任命したいと思う! その覚悟はありや、なきや?」

「覚悟は……しております」


 エリアーヌが緊張した面持ちで答えると、ガーフィスに扮した男が叫ぶ。


「よろしい! では、この王のローブをまとわれるがよい!」


 と、持っていた壮麗な衣装をエリアーヌに着せる。



 民衆から大きな歓声があがった。


 セシエルは大きく頷いた。


 順調に進んでいるが、ここまではやや、演技っぽい。


 最後を締めくくれるかどうかは、彼女にかかっている。


「大地の使徒ガーフィスからの祝福を受けられた!」


 ホーリアが仰々しく叫び、八割ほどの市民が拍手を送る。


 ガーフィスの存在はきちんと効果を現したが、まだ完全ではない。


 天使の存在も必要だ。


 王城の塔にいるセシエルは灯りを無作為に動かした。その光に惑わされた参加者が灯りの先を二回、三回と見て、最後に照らし出された。王城上空に視線を移す。


 どよめきがあがった。何もない王城の空中。


 そこに美しい天使が、白い翼をはためかせて宙に浮いている。



 美しい天使が空からするすると舞い降りてくる。


 白いドレスのようなものを身にまとい、両手に銀色の月桂冠を持っている。


 薄闇に溶けそうな漆黒の髪に、日中の空を思わせる青い瞳をもつ天使は艶やかな笑みを浮かべて、少しずつ降りてくる。


 存在に気づいたエリアーヌが、数歩後ずさって跪いた。


 それに従い、ホーリアや、大地の使徒ガーフィスに扮したマーカスも跪く。



 天使は壇上に舞い降りて、涼やかな声で宣言する。


「ムアイリ神の巫女チネーケの末裔たる我が娘エリアーヌよ。神は汝の即位を喜び、私、天使アルフィムを遣わしてこの王冠を授けよと命じられた。受け取るがよい」


 実は冷静に聞いていればとてつもない棒読みで天使は読み上げているが、その圧倒的な美貌と厳かな雰囲気に惑わされ、気づくものはいない。


 エリアーヌがすぐに続いた。


「偉大なるムアイリ神の天使アルフィム様、謹んでお受けいたします」

「よろしい。では……」


 天使は月桂冠をかぶせようとして、うまくいかない。


「あれ? ここ?」


 小声でエリアーヌに尋ねた。


「貸してよ、エディス」


 エリアーヌも小声で答える。


 高い場所から見ているセシエルが機転を利かせて楽団に指示を出すと、荘厳な曲が流れ出し、その中で天使から月桂冠をかすめとり、エリアーヌがほぼ自分でかぶる。


「新しき女王に、歓呼の声を!」



 天使が低い声で叫ぶと、市民達が一斉に「エリアーヌ陛下、万歳!」と声をあげた。



「よし、引き上げだ」


 セシエルが合図を出し、塔の面々が細い糸を引き上げる。


 それに伴い、天使が再び宙に舞い上がる。


「大天使様、万歳! エリアーヌ陛下、万歳!」


 市民が声をあげる。



 セシエルは機を見て、眩しい灯りを地面に向けた。


 大天使の昇天を見ようとしていた領民が眩しさに目を閉じる。


 その間に、セシエルと塔にいる者達は天使に扮したエディスを引っ張り込む。


「お疲れ……」


 セシエルが声をかけた。


 エディスは疲れ切った顔を向ける。


「私……、ちゃんと言えたかしら?」


「うん。大丈夫だよ。割とギリギリ感はあったけど」


 セシエルは苦笑しながら、従姉の肩を叩いた。

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