第10話 コスタシュの行方

「コスタシュが死んだってどういうこと!?」


 エディスが怒りを露わに尋ねた。


 予想外の状況だったようで、問われた2人の兵士が戸惑いつつも、エルクァーテに何かを説明している。


「……彼らが言うには、コスタシュという男は2度、ここカチューハに来たことがあると言っている」


「2度?」



 1度目は、1年近く前になると言い、その際はカチューハの外に出ていた集落の者がコスタシュに救われたらしい。


 それで恩人として招き入れたところ、コスタシュはカチューハの伝承に大きく興味を示したという。


「待った、コスタシュはここの言葉が分かるの?」


 自分達が分からない古いオルセナの言葉を、コスタシュは理解できるのだろうか。


 そう質問してから、セシエルは彼らが実は普通に話せるだろうことを思い出した。


「……ああ、つまりコスタシュは恩人だから、僕達みたいに嫌がらせすることなく、きちんと話したわけか」


 そう言って、「嫌な奴」という視線を2人に向ける。2人はムッとした様子になったが、特に反論することはない。


「伝承に興味を示し、自分の知り合いに該当する娘がいるかもしれない、と言い出した。もし、本当にいるのだとしたら、我々にとっても大きな話だと、カチューハも協力することにしたらしい」


「……」


 誰も何も言わない。


 ただ、コスタシュが言った該当者がエディスであろうことは容易に想像がつく。



 コスタシュはその時点では、すぐに調査せず、一旦トレディアに行くと言い出した。


 また戻ってくると言い、4か月後に戻ってきたという。


「ここカチューハでそうした娘が生まれた記録はない。そして真珠の樹の者でカチューハの外に出たものは2人しかいない。50年ほど前に旅に出ると言ったカートロ、23年前にオルセナ王のたっての頼みで妻として迎え入れられたディーシラだ。コスタシュは後者だと思ったようだ」


 オルセナ王ローレンス8世の妻の名前はデボラ。ディーシラとは少し異なるが、全く違うとも言いづらい。彼女は息子ブレイアンと娘エフィーリアを産んだが。


「後者は生後間もなく死没したと言われている」


「それが死没していなかったとコスタシュは考えたわけだ」



 話が大きくなってきた、とセシエルは思った。


 もし、コスタシュの予測が当たっているならば、エディスはオルセナ王女ということになる。


「そうだとすれば、納得いくこともあるかな」


「え、何なの?」


「次女の君がミアーノの後継者に早々に決まっていたことだよ」


 ミアーノ侯爵ハフィールとマーシャの間にはエルフィリーナという長女がいる。エディスより3つ年上で20歳。


 しかし、かなり早い段階でハフィールはエルフィリーナを修道院に行かせると宣言した。代わって後継者となったのがエディスである。


 仮に本人が行きたいと言ったとしても、長女を修道院に送る。そんなことがありうるだろうか?


 当時から物議を醸した宣告だったことを思い出す。当時、エディスは問題児としてしか知られていなかったから尚更だ。セシエルも口にはしないものの、何故そんなことをするのかと不思議に思っていた。


 イサリアに行き、エディスの魔力を知るにつれて、ひょっとしたらハフィールはこのことを知っていたのかもしれないと思った。


 そして、今、新しい理由が加わる。


(ハフィールさんは、エディスの出自を知っていたから、政務経験などを積ませたかったのかもしれない。あと、真珠の樹の話や伝承についても知っていたのかも……)



 そこから更に考えが巡るが、一旦話を戻す。


「つまり、コスタシュはオルセナ王妃について調べに行ったわけか。いや、しかし、それは危険じゃないかな?」


 死んだと思われたオルセナ王女が生きているかもしれないなんて調べに行くことは危険極まりない。いくらオルセナが国として破綻していていい加減だとしても、そんな重大秘密を他人に教えたいとは思わないはずだ。


 エルクァーテが更にカチューハの者の話を訳す。


「で、コスタシュには2人の男がついていった。ボルハとハボンと言い、共に勇敢な者だった。我々は彼らにまめに連絡を寄越すように言ったが、もう3か月、何の連絡もない。だから彼らは死んだのだろう」


「3ヶ月、連絡がないだけ? 死んだのを確認したわけではないんだね?」


「3ヶ月も連絡しない以上、死んだと見るより他ない」


「そ、そうなんだ……」


 カチューハがどれだけ連絡を重視しているのかは知らないが、それなりに理由があるものと考えているようだ。


 ただ、死体を確認したわけでもなく連絡がないだけである。連絡がないのは死んだからとは限らない。そんな余裕がないか、あるいは忘れているのかもしれない。


「ボルハとハボンという人は、どんな人達なの?」


「奴らは勇敢で、どんな時でも前進を忘れない男達だ」


「つまり、フィネとかジーナ、エディスと似たような2人だと」


 そういう男なら、連絡を忘れることもあるかもしれない。例えばエディスなら忘れて普通だろう。彼女が連絡をまめにしてくるとなれば、その方が逆に怪しい。


 コスタシュが死んだと決めつけるのは早計だろう。



 ただし、コスタシュが安全とも言いづらい。


「オルセナ領内は治安が悪いし、そんなことを調べているとなれば、オルセナという国自体も敵に回すし」


「そもそも、コスタシュは何でそんなことを調べているのかしら?」


 エディスがもっともな疑問を呈する。


「つまり、ひょっとしたら私はお父さんの娘ではなくて、ここの人が母親なのかもしれないってことは理解したけど、それをオルセナで主張しても仕方ないでしょ?」


「エディスにしては鋭いね。その通りで、オルセナ王も王子も、レルーヴ大公も認めないだろう。ただ、コスタシュが調べたがる理由はあるかもしれない」


「一体何なの?」


「サルキアのためさ」


 エディスが目を丸くした。


「サルキアのため?」


「そう、トレディアは内戦中だけど、この国は形式的にはオルセナを宗主国としている。つまり、エディスがオルセナ王女で介入してくればサルキアは有利になるかもしれない」


「……」


「まあ、それも含めてメリットとデメリットはおいおい話すよ。さて、どうしようか」


 状況はある程度見えてきた。


 コスタシュはひょっとしたら死んでいるのかもしれないが、生きているのならオルセナの王都セシリームにいるのだろう。



 つまり自分達がそこまで行くべきか、どうかである。

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