2.廃れた王都セシリーム
第1話 コスタシュを追って
「行くに決まっているでしょ!」
エディスが力強く言う。
「あいつは勝手な奴だとは思うけど、コスタシュが死んだという決定的な証拠を見ない限り、見捨てられるわけないでしょ!」
「姫様がこう仰せなら、アタシも従うしかない」
セシエルが答えるよりも早く、エルクァーテがいち早く賛同した。
ならばジーナも従うのだろう。本当にエディスと主従関係なのではないかと疑うような阿吽の呼吸であるが、エディスがこの国の王女である可能性がある以上、本当にふさわしい主従関係なのかもしれない。
それとは別にもちろん、セシエルもコスタシュを見捨てたいわけではない。
「……危険があるとは思うけど、セシリームに行って確認するしかなさそうだね」
コスタシュ・フィライギスは、カチューハ族とエディスの関係を調べに行ったはずだ。
コスタシュを見捨てない以上、自分達もそこに行くしかない。
危険ではあるが、コスタシュの時と比べると自分達にはプラス面がある。
「幸い、レルーヴ大公は邪魔なネーベル兵をオルセナに派遣した。政治的なことを考えれば必ず王都セシリームに行くだろうから、セシリームにはレルーヴ兵もいるはずだ」
セシリームは知られている情報によると人口が90万。
アクルクアではステル・セルアに続いて二番目に大きな街である。
とはいえ、貧困極まる状況で治安は最悪だと言う。早い話、行ったとしても中で苦労する街であるはずだ。
しかし、その街を目指してレルーヴ大公が派遣した旧ネーベル兵数千がいる。
彼らとうまく合流すれば、治安の悪いセシリームでも安全に行動できるだろう。
とまで考えられるが、そこでセシエルの頭に「待った」がかかる。
いい機会なので、これをエディスにも説明する。
「君がオルセナ王女なのかどうかは分からない。その場合、例えばサルキアはエディスの信任で味方を増やせるかもしれないメリットがある」
「……うん。じゃあ、デメリットは何?」
自身がそうであるという確信はないにしても、そうである可能性は強く理解したようだ。エディスはすんなりと確認してくる。
「最大のデメリットは、サルキアが有利になるかも、ということ以外にオルセナ王女を名乗る必要性が全くないことだ。オルセナがどうしようもない国家だということは、ここに来るまでに理解しているよね?」
ジーナやエルクァーテを始めとした、特に悪意のない女達が盗賊となるしかない国。
国が総出をあげて奴隷を集めて他国に売り払うような国。
国内をまともに歩くことから叶わないような治安の最悪の国。
そんな国の王族に何の価値があるのだろうか。
それでも、仮に生まれた時から過ごしていたところなら、愛着もあるかもしれない。しかし、エディスが育ったのはスイール・エルリザだ。オルセナで過ごした時間はほとんどない。
「仮にエディスがオルセナの王女だとしよう。もちろんハフィールさんはそのことを知っていて、何かの価値を見出したのかもしれない。しかし、現時点ではオルセナ王女を名乗るメリットは何一つない。何一つ、全て、ナッシング」
くどいように繰り返す。
「しかもセローフのレルーヴ大公子にとってオルセナ王女は死んだから婚姻を諦めた間柄だ。もし、生きていたら絶対に黙っていない。レルーヴを二分するかもしれない」
「……」
「まずはハフィールさんに真相と目的を聞かないといけない。そのうえでそれを吟味したうえで、今の立場とどちらが良いかを決めないといけない」
「ち、ちょっと待ってよ」
エディスが力なく笑った。
「……そうかもしれないけど、私がそんなことを父さんに聞けると思う?」
もっともな話だ。
仮に今までの推測が本当なら、エディスがハフィールに聞く価値はあるだろう。
しかし、そうでなければどうなるのか。
父娘の関係は悪化する。あるいは修道院行きとなっていた姉のエルフィリーナがミアーノ侯爵になる路線が復活するかもしれない。エディスにとってはそれでも良いが、家の中で完全に浮いた存在になるかもしれない。
エディスには理解者が少ない。
ネミリーはもちろんだが、それ以外にはセシエル、フィネーラと若干名、他は家族である。
大半の理解者を失うかもしれない中、わざわざ自分がオルセナ王女であることを確認する必要があるのか、就任したとしても旨味がないようなオルセナ王女の立場を。
知らないふりをしている方が賢い。
ただし、セシエルが確認したかったのもそれだ。
仮にエディスにとんでもない英雄願望があって、「倒れかけたオルセナを立て直す!」と言い出した場合、その馬鹿げた夢をどう処理するかミアーノ家やネミリーに確認しなければいけない。
幸いにして、そこまで無謀ではなかった。だからセシエルは自分の見込を話すことができる。
「繰り返しになるけど、オルセナ王女は死んだという扱いになっているから、もし生きているとなれば彼は立場を失う。セローフとの全面対決になりかねない」
「……つまり、私は今まで通りフードを被って知らんぷりをしていればいいわけでしょ?」
「その通りだ。君はあくまでエディス・ミアーノ。コスタシュを探しに行くのは、あくまで友達だから。それで良いかい?」
「もちろんよ。というか、そんなことを確認されるくらい、私がお姫様だーって舞い上がると思っていたの?」
エディスがムッとした視線をセシエルに向ける。
確かにそうかもしれない。
エディスはいい加減で、無謀で、迷惑な存在だが、自分のことに関しては地に足がついている。
破格の魔力があることに気づいていながらも、それで浮かれるわけではなく、むしろ「このせいでネミリーやセシエルが離れるのではないか」ということを気にかけていた。
名誉的な意味ではともかく、何の旨味もないオルセナ女王の地位にエディスが固執するはずがない。
「悪かった。じゃ、あくまで友人としてコスタシュ達を探しに行こうか」
セシエルの言葉にエディスは笑って頷いた。「当然でしょ」と。
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