第2話 真珠の樹の女・1
コスタシュを探しにセシリームに向かおうとしたエディス達を、占い師の老婆が止める。
「待つのだ。行くのは構わんが、せめてカチューハにいる真珠の樹の長に会って行けい」
「あぁ、まあ、確かに……」
セシエルが頷いた。
決まったわけではないが、この一族がエディスの親戚にあたる可能性がそれなりにある。
だから、せめて話くらいはしていくべきだろうというのは納得できる。
エディスもそれは了承した。
「じゃ、下に下りてフィネとジーナさんと一緒に待つことにしようか」
「そうだね」
落ちるという心配をしているわけではないが、やはり竹の上にいるというのは何だか落ち着かない。
地上の方が良い。
カチューハにいる真珠の樹の者を待つ間、一行は一階の奥に座り、雑談に興じる。
「でも、エルクァーテさんってすごいよね。昔の言葉も話せるし、地理のことも詳しいし」
エディスの賞賛にエルクァーテは頭をかいて照れた様子を浮かべる。
「いや、まあ、偶々あたしに分かることだったので」
「エルクァーテさんもジーナさんもハルメリカに来たらどう? ネミリーなら高く評価してくれると思うけど?」
ジーナとエルクァーテの2人が、何故かエディスに仕えようとしていることはもちろん承知している。しかし、エディスには誰かを部下として使おうという発想はない。
現在のミアーノ家にしても、父ハフィールの下に部下はほとんどいない。全くいないわけではないが、彼らはミアーノ島の管理をしており、偶にしか会うことがない。
そんな自分よりは、ネミリーの下にいる方が色々有意義だろう。資金だって沢山持っている。ジーナは力任せの護衛以外できなさそうなので微妙だが、エルクァーテのような存在には高い報酬を出すことをいとわないはずだ。
エルクァーテもジーナもあまり乗り気ではない。
「そういう話があるのは有難いのですが、仲間も多く残っていますし……」
フラワー団の構成員達のことを気にしているらしい。
合計で43人いるという。
「ぶっちゃけ、歳も行っている連中も多くて、あまり役立たないようなのもいるけれど、それでもジーナを慕ってやってきた面々を見捨てるわけにもいかないし……」
「そうなのね……」
共にいた者を見捨てられないという言葉は、エリアーヌからも似たようなことを聞いた。
エリアーヌと違い、直接に慕われている以上、見捨てられないというのはよく分かる。
「でも、私が仮にオルセナ王女だったとしても、ネミリーみたいに多くの人を使いこなすっていうのは無理じゃないかなぁ」
「……まあ、今のままだと苦しいよね」
セシエルが代わりに答えた。
全く擁護してくれない従弟の言動は面白くないが、これに関しては事実である。自分の下についてくれる相手の面倒を見切れる自信が、エディスにはない。
もっとも、珍しくセシエルは前向きな発言も続けてくれた。
「でも、今から勉強すればいいんじゃない? ネミリーだって16から市長代理やりはじめて2年くらいでしょ。エディスも5年6年頑張れば何とかなるんじゃないかな?」
「ネミリーの場合は、生まれながらにそんなところもあったし……」
市長代理として仕事をしはじめたのは最近でも、父親と共に市政管理を始めたのは10歳くらいの時である。もっと言えば、6、7歳でネミリーは自分のやるべきことを分かっていた感もある。
「それでも10年でしょ。オルセナどうこうは関係なく、ミアーノ侯爵として立派にやっていくためにも地道にコツコツと頑張った方がいいよ」
「それが出来るなら苦労しないわよ。私とかフィネはそういう勉強ができないんだから」
「おう、そうだな」
タケノコを食べているフィネーラがあっさりと肯定する。
「全く、君らは……」
セシエルは「どうしようもない、お手上げだ」とばかりに両手を広げた。
そこに足音が聞こえてきた。
「うわっ!?」
入り口の方を見たセシエルが驚きの声をあげ、エディスとフィネーラも入り口を向く。
「わっ……」
エディスも口を開けて驚き、慌ててその口を塞ぐ。
そこにいたのは40半ばくらいの女性であった。容貌は年相応という雰囲気だが、昔は美人だったのかもしれない。カチューハに来て会った者の中ではもっとも手の込んだものを着ている。間違いなく、この街において領主格であると思わせるものだ。
しかし、そんなことよりエディスが驚いたのは女性の髪と目である。
(私と、全く同じ……)
黒い髪に、青い瞳。
エディスのいるエルリザでは、いや、他の地域でも一度も見たことがない自分と同じ髪と目をもつ存在。
話を聞いていて、何となく自分はこの地と関係があるかもしれないと思っていたが、それが確信へと変わった。
(私のルーツは、ここにあるんだ……)
女もエディスを見て、驚きを隠さない。
「まさか、本当にいたとは……」
分からない古い言葉ではなく、理解できる言葉を女は口にした。
「……その目鼻立ちには見覚えがある。おまえはディーシラの娘なのだろうね」
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