第3話 真珠の樹の女・2

 女は、ルクェイラと名乗った。


「このカチューハの族長であり、ディーシラの姉だ」


「オルセナ王と結婚した?」


「そうだ。25年前、オルセナ王たっての望みでもあり、本人も同意していたのでやむなく外に出した。オルセナという国は傾いていて、どうにもならなかったからな」


「……それはどういうことですか?」


 セシエルは首を傾げてエルクァーテを見たが、彼女も「分からん」という顔をしている。オルセナが傾いているということは分かるが、だからカチューハの娘と結婚をすることに何の意味があるのか。


「先ほど、長老からの説明があったと思うが、『国が立ち、千年紀を超える頃には国は未曽有の大混乱に陥る。それを再建させるのは闇より出でし神の娘だ』という言葉だ」


「あぁ、つまり、オルセナもそういう伝承にでも頼るしかないわけなんだ」


 国というのがカチューハ族を指すのか、あるいはそれも含めたオルセナ地域を指すのかははっきりしない。もし後者なら、オルセナも再建される。そうした伝承に頼ろうとしたらしい。


 しかし、内心では(そんな伝承に頼るのは為政者としてどうなんだろう)と思った。



 セシエルは思っただけだが、それをはっきり口にした者がいた。


「でも、その伝承っていうのも絶対に当たるものというわけではないんでしょ? ひょっとしたら、残した人も、何か適当に言っただけなんじゃない?」


「……!?」


 周囲の空気が一変した。いや、一変というのも甘すぎる。


 殺意に似た感情が沸き上がったようにセシエルには感じられた。


「エディス、君はどうしてそういう罰当たりなことを言うのかな~?」


 セシエルがエディスの両こめかみに指をあててグリグリとねじる。


「うわあぁぁぁぁ! 痛い! 痛いってば、セシエル!」


 エディスの悲鳴の裏で、セシエルが周りに聞こえないよう小声で諭す。


「ここはそういうものを信じて生きているんだから、喧嘩売るようなことは言わない」


「わ、分かったから! 私が悪かったから!」


 エディスが謝り、セシエルは指を離す。



「……ディーシラは7年ほどの間に息子と娘を産んだと聞いたが、その後ほどなく死んだという」


「ということは、私の母かもしれない人は既に亡くなっていると?」


「そうなるな」


 エディスは少し考える。


 また、とんでもないことを言いだすのではないか。セシエルは警戒するが。


「さっき私のことを神の娘だと言っていたけれど、ルクェイラさんには娘はいないのですか?」


「あ、そういえば」


 伝承が本当であるとして(エディスは全く信じていない)、真珠の樹の一族から生まれる娘であるとしか言われていない。それはディーシラの娘であるかもしれないし、ルクェイラの娘かもしれない。


「残念ながら私には子がおらぬ」


「えっ? 族長なのに?」


 エディスの言葉はまたももっともである。


 族長であるのに、子供がいないとなれば。しかも、その一族が絶えるかもしれないとなれば普通大勢の子供を残そうと努力しようとするのではないか。


「真珠の樹の一族は、分派することはない。私達のように同じ親から複数の娘が生まれることはあっても、複数の親から娘が生まれることはないのだ」


「えぇ、そうなんですか?」


 エディスが驚き、再度余計なことを言う。


「それも何かの間違いで、偶々そうなっているだけなんじゃ……?」


「……エディス?」


「何でもありません!」


 セシエルの冷たい問いかけに、エディスが慌てて否定する。



「ということは、もしかして、真珠の樹の一族の娘というのは私だけって言うんですか?」


「その通りだ」


「でも、男はいるんですよね?」


 先程、複数の親から娘が生まれることはないと言っていた。逆に言うと複数の親に複数の男が生まれることはあることになる。


 だから傍系では大勢いるはずだし、仮にそれがいないとしても、ディーシラの長男・オルセナ王子ブレイアンがいるはずだ。


「不思議なことに、真珠の樹の一族の男から生まれた娘は、金髪になる。故に、太陽の一族と名乗ることになる」


「うわ、そうなんですか?」


「つまり、そなたが娘を残さないことには真珠の樹は途絶えることになる。まあ、あるいはそなたが世界を再建する娘となり、一族が途絶えるという可能性はあるかもしれないが、それならば運命なのかもしれん」


「それはないです」


 エディスは即座に答えた。セシエルは思わず苦笑する。


「あと闇より出でし、っていうのは何なんですか?」


「分からん」


「えぇぇ、分からない部分もある伝承なのに、何でそんな大事にするの? そんなのアテにしても仕方ないんでは……」


 エディスが三度目の暴言を口にした。



「……とにかくだ、コスタシュなる者が言っておったディーシラの娘を直に見ることができて、私は嬉しい。そなたが世界を救う存在となることを期待している」


「はーい……、頑張ります」


 エディスは気の無い返事で答えて、下を向いて小声でつぶやく。


「だから伝承が間違っているだけなんじゃないの?」

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