第2話 バーリスの主・ウォリス
バーリスにある旧ネーベル王国の王宮は平べったい一層立ての建物である。
その質素さはとても王城という雰囲気ではない。アッフェルの王城でも三層立てであるし、島国で戦争とは無縁そうなスイールのエルリザでも同じ高さである。
ただし、大きな港町という点ではハルメリカの政庁も一層立ての建物だ。ハルメリカは国都ではないが、規模で言うとバーリスどころかネーベルをも上回る。
防衛より商売、ということなのだろうか。
「……しかし、母親が『殺したい』とまで言う息子ってどんななんでしょうねぇ?」
付き添いで来ている男に尋ねた。新米牧師のような地味な黒のローブを着ている目立たない風采に目立たない様子の男……ガフィン・クルティードレである。
現在は離脱しているソアリスの軍師であるガフィンであるが、出身はここネーベルの南東部付近にある街らしい。錦を飾りたいという思いもあるのだろう。今回、セシエルのバーリス行きに付き添いとしてついてきている。
セシエルの問いかけに対して、ガフィンは思い当たる節はないとばかりに首を左右に傾けている。
「ウォリス殿下にはグリンジーネで何度かお会いしたことはありますが、正直そこまで印象はありませんね」
「印象はないのですか」
セシエルは首を傾げる。
印象がない、というのは一般的には良いイメージの言葉ではない。人は良い印象を抱かない人間に対して好意を抱くことがないからだ。
しかし、良くも悪くも印象がない、と考えるとそこまで悪い意味ではない。
「下にソアリス殿下がいるために損をしているのはあるかもしれませんね」
というガフィンの言葉も何となく頷ける。
あれだけの存在が一つ下の弟としていれば、どうしても兄の存在は霞む。
弟のジオリスは「すごい兄なんだ」と尊敬していれば良いが、兄としては微妙だろう。
そんな疑問を抱きつつも、バーリスの王宮に入った。
訪問については既に報告している。新米牧師のようなガフィンはともかく、セシエルのティシェッティ公の紋章は効果的だ。すぐに通された。
最奥部にある王の間まで10分ほど歩いて到着する。
(うーん……)
王の間に入ったセシエルは、何となく違和感を覚えた。
(これは確かに、あまり期待できないかもしれない)
という落胆の原因は、玉座から立ち上がった男……ジオリスと同じような白金の髪に緑の瞳の男ではない。その周囲にいる取り巻きである。ニヤニヤとした様子でどこか人を馬鹿にしたような顔をしている。おそらくは自分ではなく、冴えない風体のガフィン相手に対してのものだろう。
ひょっとしたら彼がソアリスの軍師であったことを知らないのかもしれないが、知らないからといって、ここまで嘲るような表情を浮かべるのは感心しない。
そうした部下を従えるウォリスに対しても良い印象は抱けない。
「スイール・ティシェッティ公ジャンルカの三男でセシエルと申します。この度は、ジオリス殿下の使いとして参りました」
気に入らないとはいえ、役割を果たさないわけにもいかない。セシエルは自己紹介し、ジオリスからの手紙を渡す。
手紙の中身は、これまでの活動をネーベルで続けさせてほしいというものだ。すなわち、治安維持のため、盗賊や野盗などを討伐するために部隊を動かす承認が欲しいというものである。
ウォリスは手紙を流し読みした後、ポケットにしまいこんだ。
(おい……)
返事もなしか、セシエルは少しイラッとなる。
次の一言で更にイライラが増した。
「おまえ、ソアリスとジオリスの下でまあまあ目立ったらしいな」
「……他人の評価は私には分かりかねることです」
そうぼかしたセシエルに、ウォリスは信じがたい言葉をかけてきた。
「いくら貰っている?」
「……は?」
「いくら貰っているんだ? 俺の下に来れば1.5倍出してやるぞ」
「……」
なるほど。セシエルは多少の合点がいった。
母親が「殺したい」というまでのものかは分からないが、ジオリスが「たいしたことがない兄だ」ということには大いに納得がいった。
セシエルは既に半年以上、ガイツリーンでジオリスやソアリスの下についていた。
その間に、個人的に金銭を受け取ったことはない。もちろん、エリアーヌやジオリスのために必要だった経費の支払は受けているが、給料を払う、払われるという関係はなかった。
将来のことを気にしているとはいえ、スイール最大の名門出身である。半年や一年の資金が欲しくて働いていたわけではない。
エリアーヌやジオリスとは友情関係が一番の理由だが、ソアリスは尊敬に値する相手だと思っていた。そのソアリスもまたセシエルを評価して、「ビアニー王家に婿として来ないか?」と勧めてくれている。しかも、ソアリスにとっては姉にあたる相手だ。
それをウォリスは、会うなり金で引き抜こうとしている。
話にならないし、取り巻きもそういう人間なのだろう。
「……私はジオリス殿下の使いとして参りました。私的な話は、使いとしての仕事の後にしていただけますでしょうか?」
平静に答えると、露骨に不愉快な顔をされた。舌打ちまでされる。
「……あぁ、ああ、勝手にしてくれ。つまらん奴だ」
そう言って、出て行けとばかりに手を払われる。
「それでは、失礼いたします」
セシエルとガフィンは頭を下げて外に出た。
衛兵などがいないことを見計らい、セシエルはガフィンに言う。
「……ヒュネペア様が殺したいというのは理解できませんが、私くらいの者が一瞬殺意を抱くくらいには不愉快な人物ですね」
ガフィンからの返事はない。浮かない顔で何か考えている。
「軍師殿? どうしました?」
セシエルの問いかけに、ガフィンは大きく首を傾けた。
「……先ほど、ウォリス様は公子を金銭で誘っていましたよね」
「そうですね。ただ、私が金銭で応じることはないですよ」
どうしても金が欲しいのなら、ビアニーで頼まない。ハルメリカまで行って、ネミリーの雑用を率先してこなした方が金になるからだ。
あまりにも人を知らないし、馬鹿にした話だ。
「そういうことではなく、ウォリス殿下にそうした資金があるのが不思議なのです」
「……なるほど」
ソアリスにもガフィンの疑問が飲み込めた。
ウォリスがバーリスに来て一か月にもならない。
ビアニーで冷や飯を食っていたはずのウォリスにそれほどの手持ちもないはずだ。
それなのに、僅か一か月でセシエルに上限を聞くことなく1.5倍の条件を持ちかけてきた。
それだけの金が、どこにあるのか? どこから来ているのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます