第3話 盗賊の顔役
もちろん、資金を得るだけならいくらでもできる。
何と言ってもバーリスは北部最大の貿易港であり、街をひっくり返せばいくらでも金は出てくる。街から多額の資金を徴収して、自らの与党を増強している可能性だってもちろんある。
常識的な為政者ならそんなことをするはずがない。一時的な資金のために街の機能をマヒさせれば、どうなるか。次第に収入が先細りしていくだけで、長い目で見れば損をするだけである。
(ただ、あいつがここにいるのはあくまでもソアリス殿下が戻ってくるまでの暫定だ……)
ウォリスがここに来たのはあくまで、総司令官ソアリス・フェルナータが離脱したという非常事態を受けてのものである。ソアリスが戻ってくれば、またビアニー本国に召還される可能性が高い。
短期間の滞在と考えれば、自分の利を最大限に考えることもありえないではない。
ガフィンも同じような考えのようだ。
「まずいですね……」
「まずいですな……」
「でも、あくまでそういう可能性があるというだけですよ?」
セシエルとガフィンが得たのは、ウォリスが分不相応な資金を出す自信を有しているという確信である。資金の出どころを聞いたわけではない。
2人は、とりあえず街の様子を見て回ることにした。
ウォリスが大規模に資金を徴収しているのであれば、そうしたひずみがどこかに出ているはずである。そうした異常が見当たれば、ジオリスやエリアーヌと協力して網にかけていくしかない。
そう思って半日ほどかけて主要なところを見て回った。
案に相違して特に支障がある様子には見えない。
「考えすぎですかね……」
セシエルは悩む。
「そうですね。バーリス市内については大丈夫そうですね……あっ」
大丈夫ですね、と言った後、ガフィンが奥歯を噛みしめたような表情になる。
「どうしました?」
問い掛けるが、ガフィンの返事はなくある一点を見つめている。その視線の先を追うと、長身の髭面の男がいた。袖の短い貫頭衣を身にまとっており、刺青の入った肩と二の腕が非常に目立つ。
表情に軽薄なところはない。少なくともウォリスの広間にいた連中ような不快感はないが、ガフィンの様子を見るとかなり問題のある男のようだ。
「知っている人物ですか?」
「クビオルク・カラバルというバーリス中部の顔役のような男です。周辺の盗賊や山賊にも顔が利く男ですな」
「なるほど……」
盗賊や山賊に顔が利くというのは印象が悪いが、だから巨悪というわけではない。
セシエルがジオリスと共にピレント東部の治安改善に乗り出す前、地域は無秩序だった。盗賊や山賊を通じて、自分達の安全を確保するしかない、ということは十分にありうるところだ。
ただし、気になるのはその男が王都バーリスにいる、ということだ。
「以前からバーリスでも活動していたのでしょうか?」
そもそも、盗賊団はピレント、ネーベル、ステレア国境付近で暴れまわっていた。三国間の仲が悪く、どこも他国を利することを恐れて治安改善に乗り出さなかったからである。
そこにビアニーがやってきて、ソアリスの指示でピレントの治安を改善した。これを受けてステレアも乗り出すこととなり、ステレアも大分良くなったはずだ。
残るはネーベルだけである。当然、盗賊団達も情報ネットワークを持っているから、ピレントとステレアの次が自分達だということは理解しているだろう。
そうなった場合、どうするか。
逃げるということも考えられるが、ネーベルの責任者であるウォリスに頼み込んで目こぼしをかけてもらうという方法もありうる。
「……あの男を少し観察した方が良さそうですね」
ウォリスと結びつきがあるのか、あるのなら、どういう結びつきがあるのか。
きちんと調べる必要がある。
ガフィンは何か考え込んでいるが、セシエルはまずクビオルクの後をつけることにした。つけると言っても、別にこそこそ隠れるようなことはしない。
セシエルはビアニー軍総司令官ジオリスの副官のような存在である。遠慮することはない。
相手も気づいたようであるが、別に警戒する素振りもなく、そのまま歩いている。
「あれ……?」
クビオルクはバーリスの王宮をスルーした。
ウォリスと話をするのではないらしい。そのまま更に北に向かう。
向かう先は港のようだ。
「……ということは、盗賊のくせに船で何か商売でもするつもりなのかな? 一体、何を売るつもりなのだろう?」
盗賊が商売をして、その上納金をウォリスに支払う。
ありえない構図ではないが、そんな商才があるのならそもそも盗賊などやらなくても良いのではないか。
「……ありますよ。売るものは」
しばらく考え事をしていたガフィンが口を開く。
「人間ですよ」
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