1.フリューリンク城の戦い

第1話 フリューリンクへ

 2月25日、ホヴァルトを出発したジュニス・エレンセシリアとアルフィム・ステアリートは55人の部隊で移動していた。


 ホヴァルトからは、ジュニスの他、王妃ルビア・サーレル、軍司令官ミリム・サーレル、老け顔のディオワール・フェルケン、シーマス家の次男アクリムといった者が帯同し、宰相ライナス・ニーネリンクが再びゾストーフに残り、国政を見ることになる。


「去年、フリューリンクに行ってステレア女王リルシアと話はしている」


 ジュニスの言葉に、一行に安堵の表情が広がる。



「ということは、一旦フリューリンクに入城して、籠城している軍と連携して行動が取れるわけですな」


 この部隊の中ではエマーレイに次いで長身のディオワールが言う。


 ジュニスとアルフィムが実力者であることについては疑いがない。両者の戦いを見た者は少ないが、全員が全員「理解不能だった」、「世界が終わるかと思った」というような派手な戦いを演じたと主張しており、その点に疑いを抱く者はいない。


 しかし、僅か55人でビアニー軍1万5千と戦うというのは、恐れ知らずのホヴァルトの者でも抵抗がある。いくら何でも彼我の差がありすぎる。


 その点でジュニスやルビアが前年にフリューリンクを訪れ、150年前のスルーシープ条約そのままに協力関係を築いていたことは心強い。フリューリンクにはステレア軍が9千人いるという。それであれば差は六千、これならジュニスとアルフィムがいるならば十分に覆せる。



 しかし、部下の期待をジュニスはあっさりと裏切る。


「あぁ、その点だが、アルフィムやルビアとも相談したんだが、俺達がフリューリンクに入るとビアニー軍の意表をつけない。だから、まっすぐビアニー軍を目指すことにした」


「……え?」


 ほとんどの者の表情が凍り付いた。


「……ということは、我々は連携せずに戦うことになるのですか?」


「しばらくの間はそうなる。そのうちステレア軍が来てくれるだろ」


 ジュニスは来てくれるだろ、と非常に無責任に言い放つが、聞いている者には一大事だ。


「いや、しかし、状況を見定めるのに時間がかかるのでは?」


 城外で謎の部隊がビアニー軍に攻撃を仕掛けても、ステレア軍はそれが友軍のものだとすぐには判断しないだろう。仮にホヴァルトの部隊だと理解しても、僅か55人では相手にならないと思って籠城したままかもしれない。


 ディオワールは「本気ですか?」という顔をしているが、その視線を向けるのは王妃ルビアだ。


 ジュニスとアルフィムはどんな酔狂なことでも「面白そう」とか「意外といけるかも」くらいの軽い理由で決行しかねない。そうなると、歯止めをかけるのは王妃ルビア、あるいはアルフィムの従者であるツィアとファーミルくらいだろう。


 ルビアは「申し訳ないわねぇ」とあっさりディオワールの期待を裏切る。


「ディオワールの言いたいことは分かるけど、この人数でフリューリンクに入って、迎撃すると言ってもステレア軍は恐らく付き合ってくれないわ」


「それは……まあ」


 1万5千の相手に55人で攻撃をかけるなど狂気の沙汰としか思えない。まずもって「もっと味方が来るまで耐えましょう」と止められるのがオチである。


「ビアニー軍が油断しているのは間違いないのよ。ホヴァルトはどの道、少数で多勢に勝たなければいけないわけだし、ここは一つ、思い切りやるしかないのよ」


 王妃に引導を渡され、更にジュニスが畳みかける。


「文句があるなら、今からでも俺の王位に挑んでも構わんぞ」


「……」


 そんなことができるはずがない。


 全員、大きく溜息をつくばかりであった。



 陽気なジュニスと引き換え、アルフィムは少し浮かない顔をしている。


「どうしたの、お姉ちゃん?」


 シルフィが尋ねる。こちらの一行は自分達が乗り込んだのが何も考えずに全速前進で進む船だということを理解しているから、もう異論が飛ぶことはない。


「ビアニー軍はともかくとして、指揮官のジオリスは魔術学院で一緒に勉強した仲だし、できれば出くわしたくないなぁって」


「ジオリスは北にいるって話だけどね」


 シルフィが言う通り、ホヴァルト軍からビアニー軍の主力はステレア北部に滞在しているという。


 ネーベル軍を指揮しているクビオルク・カラバルの動向が不明で、街の略奪をしないように離れた監視しているという話だ。


 アルフィムは「それだといいんだけど」と言いつつ、納得できないようだ。


「でも、指揮官を現場以外のところに置いてまで、侵攻するものでもないと思うんだけどねぇ。ビアニーは本当に何を考えているのかしら?」


 アルフィムの露骨な不満に、フラーナス兄弟がチラッとツィアの方を向いた。


 聞いてはいるが全く関心を向けない。「俺は知らないよ」というような態度で、ビアニー軍を攻撃した後の展開を話し始める。


「この部隊はとにかくアルフィムとジュニスの魔道だけが頼りだ。俺達の人数でビアニー軍を攻撃してもどうしようもない。だから、被害を受けないように直接的な交戦は避け、フリューリンク城内にアピールを続けるしかない」


「……うーん、そうだね」


 シルフィも頷く。


「とにかく、フリューリンクから出て来るまでは耐えるしかない」

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