第5話 独り勝ち
同じ頃、ピレント王国の王都アッフェル。
その王城の二階中央にある広間では数十人の官僚が、国内外からの報告書のチェックや、資料の確認、出納の計算といった業務を行っていた。
およそ3年前まで、こうした業務は存在していなかったと言って良い。国王パイロープと、第一王女エイルジェが関心を有していたのは自分達の購入するもののみであり、国やアッフェル市の状況などは二の次であった。
この状況自体は2年前にパイロープが惨殺され、エリアーヌが女王となったことで改善されたが、必要な業務を行う人材がいなかった。必要としない人材育成のためにパイロープが出費をするはずがないから当然といえば当然である。
そうしたことを見据えて、ハルメリカのネミリー・ルーティスは20名の実力派官僚を派遣した。
現在、広間で業務を行っているのはこの20人に加えて、エリアーヌ政権下に入ってから育成されている30名、計50名である。
能力としては比較にならない。20人のハルメリカ官僚と30人のピレント官僚の間には大きな実力差がある。しかし、この30人がピレントの明日を担う人材であり、彼らを育てるためにネミリーによって派遣されてきたのである。ゆえに大きな諍いはなく、育成も進んでいる。
また、ここ1年ほどのピレントの状況は目まぐるしい改善を見せている。
仮に不満があったとしても、順調な状況はそうしたものを飲み込める。
未曽有の好況に、50人はにこやかな作業をしていた。
エリアーヌに報告をするのは、ハルメリカから派遣されたリーダー的存在であるセイハン・トレンシュである。こちらも笑顔で王の間に入った。
「女王陛下、ここ半年の税収でございますが、昨年の倍を超える勢いでございます」
報告を受けたエリアーヌは目を丸くした。
「そんなに!? 何があったの?」
「もちろん、陛下の威徳によるもの……と言いたいところですが、大きくはネーベルの失政による結果が大きいでしょうな」
「なるほど、ネーベルの……」
エリアーヌが小さく息を吐いた。
ビアニーの第三王子ウォリスがバーリスに赴任してからというもの、ネーベル情勢は奈落の底へと転落しているようである。
軍は陸軍も海軍もいなくなってしまった。その後任として収まったのは、多額の上納金を積んだクビオルク・カラバルで、彼の手配でならず者や盗賊が多数軍に入ってしまった。
そうした連中が国内の集落から徴収と称して、略奪を働いていくのだから、真面目にやる気のある者はやっていられない。
少しでもまともなところでやろうと、ネーベルを脱出してピレントへとやってきていたのである。かつてはライバル意識の強い両国であったが、ここまで生活が破壊されては、ネーベルの面々は四の五の言ってはいられない。
彼らがピレント東部で活動し、それによってあがった利益が税収の増額に繋がったのである。
もちろん、それだけではない。
パイロープ時代よりは遥かに徴税が公平となり、更にビアニー軍の糧食を支えていることや武器の手配なども行っている。
そうした幾つかの要素を経て、セイハンは驚くべきことを口にした。
「ここ1、2年に関して言えば、アッフェルはハルメリカ、セローフ、エルリザに次ぐ税収があると言っても良いでしょう」
「そんなに!?」
「しかも、このまま戦闘が続けば、ステレアからも商人が逃げ出してくるかもしれません」
そうなると、更にピレント1人勝ちの状況が生まれてくる。
ただ、エリアーヌは「それは良くないわね」と首を横に振った。
「そうなるとガイツリーン全体のバランスがおかしくなるし、誰も彼もピレントに来るという状況はどちらにとってもあまり良くないわ」
「確かに、急激な移動は不安定化を招きますからな」
「それに、ビアニーより収益があるとなると、そっちの部分でも余計な対立を起こすかもしれないし、何よりアッフェルの政治状況が良くなったのはハルメリカからの手助けがあるからで、ピレントだけでこれを実現することは不可能だったわ」
「……わずかながら手助けが出来て光栄でございます」
「余剰資金が出来たのなら、イサリアやハルメリカで勉強できる者を増やせるようにしたいわ。ネミリーに『エリアーヌは金儲けだけはうまいわね』なんて言われたくないし」
エリアーヌの言葉にセイハンは苦笑する。
「おそらく、ネミリー様がそのような話を聞けば『エリアーヌは金儲けが下手ねぇ』と言われるのではないかと思います」
「そうかもね。何かね、沢山あると言われても、それが永遠にあるような気がしないのよ。父さんと姉さんがいたせいかな。お金がある時には土台をしっかり固めた方が良いんじゃないかな、って。今はハルメリカの20人がリーダーで、30人が従っているでしょ。この30人のうち20人をリーダーに育てて、それ以外の20人をピレント国内から育てたいわけ」
「……承知いたしました。現在の体制を崩すのは難しいところもありますが、陛下の意向をなるべく叶えるべく善処いたしましょう」
「お願いするわね」
エリアーヌの言葉にセイハンは頷いた。
そこにはいささかの不満の様子もなく、感心しきりという表情があった。
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