第4話 攻囲完成

 6月1日。


 マーカス・フィアネンとファルシュ・ケーネヒスが率いるビアニー軍と、リプロ・アークティスの指揮するピレント軍がフリューリンクへと到着した。



 フリューリンクの城壁から、ステレア女王リルシア・アルトリープと大将軍ファビウス・リエンベアがその様子を眺めている。


「さすがに3万近くともなると、見ていても壮観ねぇ」


 リルシアが多少気圧されたように言った。


 ビアニー軍本隊は1万8千ほどであるが、動向の怪しいネーベル軍を抑えるために3千ほどが北部に残っている。つまり、結果として8千程度が北部にいることになる。ここにジオリス、シェーン、ティレーといったビアニーの高級指揮官が集中している。


 それ以外の1万5千とピレント軍の5千が主力であり、ここに2万。


 レインホートとソラーナがそれぞれ4千ほどを出してきたので合計2万8千となる。



 一方、フリューリンクの城内にいるステレア軍は8千ほど。


 これとは別に市民が9万人残っている。あらかじめ南部への退避を認めてはいたが、実際に逃げた者はほとんどいなかった。結局、8割以上の者がフリューリンクに残っている。


「ビアニー軍であっても、これだけの城壁を落とせることはない」という自信が市民にもあるのだろう。



 ビアニー軍の一角から、投石機が前に出てきた。


 レインホートからやってきた工兵部隊のようだ。


 いくら大陸最強のビアニー軍といっても力攻めで25メートルはあろうかというフリューリンクの城壁を崩すのは難しい。できるとすれば、工兵部隊による破壊だけであろう。


「厄介な部隊ではあるけれど……」


 リルシアは楽観的である。


 ビアニーの工兵隊が城壁を破壊する可能性はある。しかし、フリューリンクは城壁の外に川と堀が存在しているため、破壊されたからすぐに危機的状況になるわけではない。


 それに、そもそも上級指揮官がこの場にいないビアニー軍が全力で攻撃を仕掛けてくるとも思えない。


 せっかくフリューリンクまで来たので挑発行為をしているというところだろう。


「だけど、工兵隊があまりにも不用意に近づいてくるのなら、撃って出ることを許可するわ」


 リルシアが指示を出し、ファビウスが頷いた。



 上級指揮官のいないビアニー軍なので、勝ち目はゼロではない。


 ジュニスからそう伝えられている。


 それは理解できるが、軽々しく打って出ることは得策ではないとリルシア達は考えた。


 まず、撃って出ること自体にリスクがある。上級指揮官のいないビアニー軍相手なら蹴散らすことができるかもしれないが、絶対とはいえない。わざわざ自軍を危険に晒す必要性があるとは思えない。


 成功した場合も、それが中途半端な成功である場合には後々厄介なことになりうる。


 市民感情だ。



 フリューリンクは広大なので、籠城していても通常の生活を行うことができる。とはいえ、籠城中の生活が普段より不便であることは間違いない。


 そんな状況で、変に外に撃って出て、一度でも勝利したらどうなるか。


「前は勝てたのだから、今度も勝てるだろう。籠城は辛いから何とかしてくれ」


 という要望が上がり、城内の足並みが乱れる危険性がある。


 それなら、最初から「大陸最強のビアニー軍相手に籠城しなければならない」という姿勢を保ったままの方が良いだろう。




「それに、ジオリス達がこっちにやってくるということは、ネーベル軍から北部のステレア市民を守る者がいなくなることも意味するしね」


 リルシアが苦笑した。


 ビアニー軍には勝てないということで、軍はフリューリンクに戻っている。


 従って、北部の集落は自衛するしかない。普通の盗賊達相手なら自衛できるだろうが、よりにもよって盗賊ばかりを集めたネーベル軍が狙っているという。


 ステレア女王と軍にとっては由々しき事態であるが、守りに行く余裕はない。といって、見捨てて良いわけでもない。ホヴァルト王妃ルビアは「いっそ虐殺させて、その情報を広めた方が他所から援軍が来てくれて良いのではないか」と冷然とした方針を示していた。


 もちろん、虐殺があったのならステレアのために活かすしかないが、そうした事態を避けられるのなら避けたい。


「うまいこと撃退できたのなら、向後は北部の防衛体制をもう少し考えたいけどねぇ」


 今はどうすることもできない。



 ただし、工兵隊に関しては存在していると不測の事態を起こしうる。


 籠城しているだけと決めつけて、油断し、100パーセント工兵隊を壊滅させられるような状況になったのなら、撃って出て撃退すれば、籠城自体が楽になる。


 だから、リルシアは、工兵隊が油断している場合のみ、城外に出ることを認めたが、さすがに主戦級のいないビアニー軍がそうしたリスクを取ることはない。


 一瞬だけ前に出てきた工兵隊も示威活動のみだったのだろう。すぐに下がっていった。



 二日目からは、お互いただ睨み合うだけの状況になる。


 工兵隊が遠くから嫌がらせ的に投石攻撃などを仕掛けてはくるが、距離も遠いし大きな被害にはならない。


 両軍はある意味では予定通りにただ睨み合うだけとなった。



 戦線が本格的に動くのは、攻囲戦が行われているフリューリンク周辺ではなく、北にいるネーベル軍とビアニーの主力指揮官達の間で何か起きた場合となるだろう。

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