第3話 分裂待ちは実らず

 翌日の朝までにティレー達は、倒した盗賊達の死体を見晴らしの良い高台に並べて、立て札を立てた。


「ネーベルの盗賊共が市街地を襲ったため、ビアニーの正義による観点から処分したものなり」


 こうすることで、仮にウォリスやクビオルクが抗議するならば「この馬鹿どもが盗賊でないことを証明せよ」と言えるし、抗議しないのならば今後ステレアの街を襲撃する者は無条件に排除して良いことになる。




 翌朝、その立て札を眺める紫の長髪の男と、顔の黒いアザが目立つ男がいた。


 ホヴァルト王ジュニス・エレンセシリアと、元ネーベル軍司令界ユーギット・パメルである。


 密かにフリューリンクを出て、街道から外れたところを進んでここまで来ていたのである。


 立て札を確認したジュニスがユーギットに話しかける。


「ルビアが話したようにはいかなかったようだな」


 ホヴァルト王妃ルビア・サーレルは、「軍規の乱れたネーベル軍がステレアの街を襲った事実を広げれば、反ビアニーの動きが広がり、ステレアとホヴァルトにプラスになる」と言っていた。


 故に、様子を見ていたのであるが、どうやらビアニー軍も軍規弛緩を許すつもりはないようだ。


「左様ですな。しかし、自称ネーベル軍もこの程度では諦めないでしょう」


「そうか?」


「はい。今やネーベルにはガイツリーン三か国から盗賊が集っており、しかも、ステレアの地の利に詳しい者も大勢おります。一度や二度の失敗では諦めないでしょう」


 ユーギットが断言する。


 ネーベル軍総司令官の地位にあった者の言うことだけに説得力は高い。


 ジュニスは紫の髪をかきあげながら考える。


「そうすると、フリューリンクを包囲するビアニー軍の質が低下しないか?」


「低下はしますね」


「俺がそいつらをどうにかするのは無理か?」


 多少減ったとしても二万はいるはずのビアニー軍に対して「俺がどうにかできるか?」と問いかけるジュニス。通常なら笑われるのが関の山だが、ユーギットは真面目に考える。


「ジュニス様が一万三千程度をひきつけられるのなら、可能性はゼロではないかと思います」


「そいつはさすがにキツいな」


 ジュニスは即答した。


「三千四千くらいなら何とかなるだろうが、一万を超えると1人では無理だ」


「そうであれば、地道に支援を募るしかありません」


「来るかな?」


 ネーベル軍にステレアの街を襲撃させ、「ビアニー軍はこんな非道なことをしている」という噂を喧伝することは中々難しそうだ。そうなった場合、反ビアニーの感情を集めるのは難しいのではないか、とジュニスは考える。


「ステレアはともかく、ネーベル領内では盗賊共が闊歩しています。それに加えて、西のアンフィエルではガフィン・クルティードレが怪しげな実験をしていると言いますし、そうしたことに反感を抱く層はいるかと思います」


「それだけでフリューリンクに来ることはあるかな?」


「そればかりは何とも……」


 ユーギットの言葉には歯切れがない。



「となると、ルビアの考えの実現は難しそうか?」


「もちろん方法はありますが……」


 ユーギットが渋い顔をする。


 つまり、ジュニスがビアニー軍を攻撃するなどして、ネーベル軍の集落攻撃を補助するようなやり方である。ビアニー軍は獅子身中の虫であるネーベル軍だけを見ているから、外部からの攻撃には脆い。


 ビアニー軍がいなくなければ、ネーベル軍は好き勝手できる。単純な理屈だ。


 ジュニスは苦笑する。


「なるほどな。ただまあ、俺はそういうやり方は好かないなぁ……」


 集落を犠牲にして、ビアニーの悪行を広めるというルビアの策も完全に賛成というわけではない。ただ、相手が自分達が関与しないところで非道な行為を行い、それを宣伝するのは仕方ないとは考えられる。


 それを超えて、自分達が非道行為を助長することは、ジュニスの価値観的に許されない。


「で、あれば、このビアニー軍に期待するのは難しいと思います」


「ならば、どうすれば良い?」


「先ほど申しました別路線の方に集中すべきだと思います。そのためには、敢えてフリューリンクに残る必要もないかと思います」


「……まあ、確かに」


 フリーリンクの攻囲は長期戦になるという展望を、攻めるビアニー軍、攻められるステレア軍の双方が有している。


 ビアニー軍が自軍の中にいる狼藉者鎮圧に力を傾けるのはそうした展望に従ってのことだ。


 ならば、ステレア軍にそれに乗じて城の外に攻撃に出るべきか、そうでもない。それは無理な相談だし、ジュニス1人が加わったとしても、ビアニー軍を撃退するのは無理そうだ。


 すぐに結果が出ないのなら、ジュニスとルビアがずっとフリューリンクにいる必要もない。リルシア・アルトリープやグランドリー・ストーニャならともかく、エイルジェあたりと付き合っていても疲れるだけだ。



「ゾストーフに戻り、ホヴァルト内部を固めるべきか」


「左様でございます。宰相が色々頑張っているようですが、それをもって推し進めるべきです」


「よし、そうしよう」


 ジュニスはユーギットの判断に従うことにした。


 5月頭にフリューリンクに戻り、リルシア達に状況を伝えて、一度戻ることを伝える。



 結果として、それは大成功となる。


 ただし、ユーギットが想定した形とは全く異なる結果によるのだが。

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