第2話 軍規粛正
ビアニー軍をマーカス・フィアネンとファルシュ・ケーネヒスの2人に任せて、ジオリスは軍を離脱した。
同じく少数の兵力を率いるティレー・ヴランフェールの部隊へと合流する。
20人程度の部隊が大きな馬車の荷台に横になっていた。指揮官のティレーと同じく、全員大きな体の豪傑肌の者揃いだ。
「お疲れ様です」
出迎えに来たティレーの息から、アルコールの臭いがした。
昼から飲むこともないではないか、口には出さないが、表情を変えたことに気づいたのだろう。ティレーは悪びれることもなく笑った。
「景気づけですよ」
ジオリスにとっては笑えない。
「これから盗賊と戦うというのに、酒など飲んで大丈夫なのか?」
ティレーが剛の者だということは理解している。自分より遥かに強いだろうということも。
しかし、酒を飲んでいると不測の事態があるかもしれない。
ティレーは楽し気に笑った。
「殿下は生真面目すぎるのがよろしくありません」
「悪かったな」
ムッとなるジオリスに、ティレーは時計を指さす。
「今は16時ですが、盗賊が動くのはいつだと思いますか?」
「……夜だろうな」
「そうです。連中は単純ですから暗い深夜に動くのが定番でしょう。となれば、今から数時間休んで、その時に備えるというのが正しいやり方です。殿下も4、5時間眠った方が良いですよ」
「……考えておく」
答えると、ティレーは空いている馬車の荷台へと入っていった。
ジオリスはどうしたものかと思った。寝ようかとも思ったが、気づいたら部隊の全員が横になっている。さすがにこれは無警戒過ぎるとあちこち見回しているうち、日が暮れていった。
夜半。
「……ふわ」
時間は0時を過ぎている。真っ暗な街道の先頭を移動するジオリスは小さな眠気を感じながら移動していた。その隣でティレーが苦笑している。
「寝ていれば良かったんですよ。誰も襲ってこなかったでしょう?」
「そうは言うが、偶々かもしれんだろ」
「仮に襲われたとしても、何も準備しないほどいい加減でもありませんよ」
ティレーの言葉に周囲も笑う。
「戦場で何年も寝て暮らしているんですから」
「悪かったな」
どことなく馬鹿にされたような響きがあるが、実際に経験が足りないのは事実である。
面白くないと思ったジオリスだが、ティレー達が迷う素振りもなく前進していることに気が付いた。
「そういえば、おまえ達は奴らがどこを攻撃するのか分かっているのか?」
付近には集落が幾つもある。
もちろん、大きな集落が狙われそうということはあるが、相手がどこを狙うのかは判然としない。
しかし、ティレー達は真っすぐ進んでいる。どこに来るか分かっているかのようだ。
全員、こまめな情報収集などしそうにない人物であるが、どこで嗅ぎつけてきたのか。
「ま、それは色々あるんですよ」
ティレーが軽く笑うように言った。
20分もしないうちに小さな灯りが見えてきた。
集落の灯りだろうかと思ったら、移動している松明だと気づく。かなりの人影が見えてきた。この夜陰に松明だけで移動している部隊と言えば、ネーベルの連中以外ありえない。
と、同時に先程まで談笑していたティレーの部隊が無言になっていた。馬も音を出さず、ひたひたと相手の後ろをつける。
「……どうするんだ?」
ジオリスは小声で尋ねた。
「奴らは今のところは警戒しています。仮に襲ったらすぐに逃げます。ですので、目的地まで行かせます」
移動中の盗賊は見つからないように、と警戒している。仮に音を立てたらそれだけで逃げられるかもしれない。
しかし、目標まで到達すれば、彼らは逃げることを忘れて奪うことを考える。
「我々が攻撃するのはその時です」
逃げることを忘れた相手を背後から突けば、相手は動転して平静さを失う。
「余裕で勝てるというわけです」
ティレーは確固たる自信を有していたが、実際に1時間後に戦局はそのような経緯をたどった。
集落に近づいて、相手が向かおうとしたところでティレーが攻撃の指示を出し、攻撃にかかる。統率の取れた攻撃ではない。個人個人が思い思いに向かっていく無茶苦茶な戦いぶりだが、ネーベル軍は盗賊からなる軍団でありこれまた統率も何もない。
攻撃を受けた途端に大慌てで逃げ惑うばかりとなり、20人しかいないティレー達が数百人はいた相手をほぼ消滅させてしまった。もちろん、ジオリスも数人を討ち取った。
「たいしたものだな……」
信用はしていたが、ここまでとは思わなかっただけに、ジオリスは呆気に取られた。
「たいしたものでしょ」
死体を馬車に積みながら、ティレーが不敵に応じる。
「しかし、死体を馬車に積んで、平気なのか?」
先ほどまで寝たり食べたりしていたところである。
そんなところに死体を積み込む気が知れない。もちろん、沢山積んだ方がまとめて捨てられるということは間違いないが。
「言ったでしょう? 俺達は何年も戦場で寝起きしているって」
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