4.ビアニー軍の攻囲まで
第1話 同士討ちの提案
4月25日。
ジオリス・ミゼールフェン率いるビアニー軍1万6千とリプロ・アークティスの率いるピレント軍5千はパイン砦を出発し、ステレアとの国境に向かった。
途中、ネーベル領南部の国境近辺でクビオルク・カラバルの指揮するネーベル軍5千、シェーン・トレトレーロの指揮するソラーナ軍2千と合流した。
レインホートからはルーイッヒ・ゲルトラーゼが工兵隊を連れてやってくるが、移動が遅いためまだ合流していない。ひとまず置いて進むことになった。
「……」
ネーベル軍を眺めるジオリスは内心、溜息をついた。
装備も滅茶苦茶なうえ、ほぼ全ての兵士がまともな人間に見えない。
もちろん、海軍はほとんどレルーヴに行ってしまい、陸軍も離脱してしまったとは聞いている。さすがに以前の国軍司令官ユーギット・パメルにくっついてホヴァルトに向かったということまでは知らないが、まともな兵士はネーベル国内にはほとんどいない。
(一体どうすりゃいいんだろ……)
どうしようもないということは分かっている。クビオルクがウォリスの選任した指揮官である以上、これを排除する権限は誰にもない。
「ジオリス様」
憂鬱な気分で南下するジオリスに、長身の男が近づいてきた。鎧の上からでもはっきり分かる筋肉質な男で、呆れるほど大きな槍を手に持っている。
「ティレーか……、どうした?」
ティレー・ヴランフェールは兄ソアリスがバーキアで拾ってきた剛の者である。現在28歳。
見た目を裏切ることなく、単純な戦闘ではとてつもなく強い。ただし、気が乗らなければソアリスの命令も平気で無視し、自分勝手に戦うこともあるという扱いづらいタイプだ。
ソアリスがいなくなった後は同僚だったシェーンにくっついて、ソラーナまで遠征していた。ただ、そこではさっぱりやる気がなかったようでほとんど寝てばかりいたらしい。
「いやね、ネーベルの連中なんですが、随分と嫌な目つきをしているなぁと思いまして」
「おまえもそう思うか……」
「俺はここ一年以上、軍の中で寝るか酒を飲んでいますが、おおよその状況については知っています。あいつら、放置しておくと途中の街でも襲いかねないんじゃないですか?」
「そう思うが、どうすれば良い?」
「俺やシェーンを途中の街に置いて、あいつらが動けば軍規違反でぶちのめせばいいんじゃないですか?」
「……」
剛の者が考える豪快な考えだ。ジオリスは苦笑する。
「ただ、おまえ達を置いていけばフリューリンクはどうするんだ?」
「二線級に囲ませておけばいいんじゃないですか?」
「何?」
ティレーの気楽な物言いにジオリスの表情が険しくなる。
が、ティレーは全く態度を変えない。
「どうせステレアもフリューリンクに籠城するでしょう? 仮に出て来るのであれば、その方がこちらとしては有難いわけですし」
「むぅ……」
ジオリスは小声で唸った。
確かに、ステレア軍は端から籠城するつもりだ。指揮官が変わったから方針を変えるとは思えない。
また、変えたなら変えたでその方がありがたいとも言える。
「仮に一度でも負ければ、フリューリンクの奴らは『ビアニーはたいしたことない』って思いますからね。そうなれば、本気でもう一回囲んでも出てきますよ」
「……確かに一理あるな」
ジオリスはティレーの提案についてしばらく考えてみる。
正確には考えるまでもなく、その提案を聞き入れる方向に傾いていた。
盗賊上がりのネーベル軍に好き勝手させるわけにはいかない。それはビアニー軍全体の評価まで傷がつくかもしれないからだ。
ティレーの見た通り、ネーベル軍は近くの街や集落を平気で攻撃するだろう。そこを待ち伏せるのは悪くない。ネーベルの気質が一度に直ることはないだろうが、少なくとも指揮官のクビオルクを始末できれば大分改善できるはずだ。
また、フリューリンクの攻囲にあえて隙を作るのも悪くないように思えてきた。ティレーの言う通り、ステレア軍に「勝てる」と思わせておけば、一気に殲滅できるチャンスがある。攻囲戦を二年三年も続けるよりは短期で終わらせたい。
問題は誰に攻囲を任せるか、ということである。
攻囲をきちんと行い、仮にステレア軍が撃って出てきた場合には、最小限に被害を食い止められる便利な存在が、自分の軍の中にいるか。
「中級幹部に万を超す軍を任せるのは多少勇気がいるが……」
ジオリスはマーカス・フィアネンとファルシュ・ケーネヒスの2人を呼び寄せることにした。
エリアーヌの即位式にも一役買ったマーカスは、美男子という部分が先走っているが、堅実に物事をこなす能力がある。
一方、56歳のファルシュは40年近い軍歴があるが、色々間の悪いところがあって出世できていない人物である。能力は高く、人物的にも良い男であるため、陽の目を見せてやりたいと思わせる人物でもあった。
ジオリスは2人を呼んで指示を出す。
「フリューリンクまで、ビアニー軍を指揮してくれ」
そう指示を出すと、シェーンとティレーに百人程度の兵力を与えて自由に行動させることにした。
一方、自らも千人弱の兵力を率いて、フリューリンクに向かう本隊からは離れた位置に待機する。
そのうえで、クビオルクの指揮するネーベル隊の同行を調べさせる。
攻囲を前にビアニー軍同士による、衝突が起きようとしていた。
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