第9話 アンフィエルの調査・3

 およそ2時間、セシエルはガフィンの施設の案内を再度受けていた。


 この案内に目新しい点はない。ガフィン達の研究が遅れているのか、あるいは知られたくない研究を隠しているのかは分からないが、何かしらの犠牲を伴うような研究を見せられることはない。


 以前、エディスが怒り心頭に達していた母親の胎内から移す方式の、少し進化した形を見せられただけだ。


 胎児を途中から育てる培養液はより良いものになっているらしい。また、早期に液につけるための研究も進んでいるという。


「更には、乳幼児の頃に陥りがちな病気についても研究して、そうしたものを寄せ付けないようにするための努力をしています」


「確かに、多くの胎児をまとめて育てている分、何かの疫病で全滅しましたなんてなったら目も当てられないですね」


 セシエルも同意した。


 賛同できるかというと、賛同はしづらい。


 しかし、この方が効率的であるのも事実だし、人口が増えやすいのも事実だ。



 その後、ガフィンから研究の自慢話を聞かされて、2人は施設を後にした。


 こうしたものは予想していなかったのだろう。ソザースは開いた口が塞がらない様子だ。


「いや、何と言いますか、すごいですね……。こんなことをやっているとは予想もつきませんでした」


「この研究の他にもネーベルの樹海の中では再生に向けた研究をしているからね……。再生に向けた研究の実験も、さっきの施設でやっていたのかなとも思うけど」


「そうなんですか? どうしてそう思うのです?」


「何かを燃やしたような臭いがしていたからね。以前、見せられた研究だと失敗すると再生が暴走状態に陥って、およそ元の生き物であることも分からないくらい酷い状態になる。そうなった面々は燃やしてしまっているんだろうと思うけど……」


 そこまで話して、セシエルは非常に嫌なことを考え付いた。思わず舌打ちする。



「うわぁ……こんなことを考えられる自分に幻滅したくなるよ」


「どうかしたんですか?」


 ソザースが不思議そうに尋ねてくる。


 エディスやネミリー達が相手なら答えなかったかもしれない。「えぇ、そんなこと考え付くこと自体不気味」とか言われかねないと思ったからだ。ただ、面識があるレベルのソザースなら説明するのに苦はない。


「胎児は非常に活発な生命だ。それをああした培養液の中に入れることで、更に生命活動が活発になる。その胎児を二つに割って、再生の要素も付け加えたらどうなるんだろう……?」


 仮に制御が可能となった場合、生まれながらにとてつもない再生能力をもつ子供が出来ることにならないだろうか。しかも、1人から2人を作った場合には、1人は返す必要がない。ビアニーの兵になるのかガフィンの私兵になるのかは分からないが、忠実かつ強力な兵士が出来ることになりかねない。


「仮に今、そう思っていなかったとしても、いずれそう考える時があるかもしれない。まずいな。ウォリスがネーベルで好き勝手やっているのもまずいが、ガフィンの危険性はその比ではない」


 下手すると、アクルクア全体の生命観や生き方が変貌する恐れがある。



「ジュニス……ホヴァルト王は忙しいのかな?」


 ガフィンに聞いても教えてもらえないだろう。この点は樹海にいるメイティア・ソーンに尋ねた方が確実なように思えた。


 しかし、メイティアと1対1で向かい合うのは相手の不興を買った時に危険だ。できればジュニスについてきてもらいたいと思ったが、小さいとはいえ国王になったジュニスを簡単に呼び出すことはできないだろう。


「そうですね。現在はフリューリンクで交渉していると思います」


「ジュニスに交渉なんて難しいことができるの?」


 ジュニスには、相手のことを考えてきちんと利害調整するなんて能力が備わっていない。真正面に進んで、そのまま相手を制圧してしまうというのがジュニスのやり方だ。


「交渉は王妃様がされるので大丈夫です」


「それだとジュニスはいらないんじゃ……? あ、そうか。ジュニスがいないと、ホヴァルトの強みは見せられないか」


 ホヴァルトはあるのかないのか分からないような小国だ。仮にそこの王妃が行ってもまともに相手にされないだろう。相手にさせるにはジュニスの個の能力が必要だ。ジュニス本人は交渉せずとも、交渉の場には必要ということになる。


(そうすると……)


 続いてエディスをつれていくことも考えたが、すぐにそれもやめた方が良いと考えた。


 エディスはジュニスよりも感情的だ。以前のガフィンの時と同じように衝突してしまう可能性がある。メイティアが怒って、エディスも本気になって衝突した場合には、違った形で破滅が訪れるかもしれない。


(現状ではどうしようもないか……)


 セシエルは一旦諦めることにした。



 アンフィエルの南側で宿をとり、ビアニー国王への報告書をまとめる。


 反対の立場を明記したいのだが、エウリスは富国強兵という観点から、ガフィンの研究に期待しているふしもある。そこに全面的に反対すると、今後自分がビアニーで活動しにくくなる。


「一部倫理的に疑問があり、実現可能性を論じる段階にはないですが、興味深い実験であることは事実です。報告としてはこんなものかな」


 中身をまとめると、伝書鳩とアンフィエルの伝令に持たせることにした。


 自分で持っていった方が良いのだろうが、王家の一員にならないと決めている以上、このことだけを伝えるためにグリンジーネに戻るのも馬鹿馬鹿しい。


「セシエル殿の推測を陛下と王妃様にお伝えしてよろしいでしょうか?」


 そこでソザースから質問を受けた。


「うーん、ジュニスに言う分には別にいいよ。ただ、僕がそう言っていたってレルーヴやベルティで言うのは勘弁してほしいかな」


「承知いたしました。それでは、私の仮説ということにしておきましょう」


「僕はビアニー自体は嫌いじゃないし、むしろソアリス殿下やジオリスには良くしてもらっていると思っているけれど、ウォリスとガフィンの件があるから、レルーヴとビアニーが停戦関係以上に良くなるのはまずいかな、と思うようになった」


 だから、ホヴァルトがレルーヴで反ビアニーのキャンペーンを張る分には、反対するつもりはない。


 セシエルは別れ際、ソザースにそう言った。

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