第8話 アンフィエルの調査・2

 旧バーキアの王都アンフィエル。


 現在、ガフィン・クルティードレがこの街全体の支配者となっているが、街の中央部と南部には怪しいものは見られない。以前のバーキア王宮のあるこの区域は通常通りの活動が営まれている。


 その北にあるグギソン地区がガフィンに付き従う面々が集う場所だ。



 ジュニス・エレンセシリアは山上を統一した後、自身はガイツリーンの内戦に介入することを決めたという。


 ホヴァルトというほとんどの者に存在すら認識されていない地域にある者が、強いビアニーに与しても意味がない。ギャンブルとなっても、弱い側につく必要がある。


 ただし、ジュニスには弱い者についても逆転させうるだけの能力がある。その強大な魔力は多少の戦局ならひっくり返すことができるからだ。


 もちろん、可能性があるだけでジュニスがいたら勝てるという保証にはならない。だから、その他の作戦も打つ必要がある。


「アンフィエルにガフィン・クルティードレがいると知り、何をしているか調べてみた方が良いのではないかという話になりました」


「なるほど……」



 確かに、ガフィンの研究内容は人によっては嫌悪感を抱くものだろう。


 ジュニスもバーキアの樹海の中で研究に立ち会った。だから、「これが歓迎されないものだ」と判断したのだろうし、ガフィンがアンフィエルで更にロクでもない研究をしているかもしれないと見当づけたのだろう。


 もちろん、ジュニス1人なら、「ガフィンが研究している中身を調査すれば、ビアニーに敵対する人間を増やせるのではないか?」などとは思わない。そういうことを調べて有利にしたい、というような発想を抱かないはずだから、だ。


 しかし、ユーギットやライナスならそう考えるかもしれない。


「ユーギット将軍がついたのは、ジュニスにも幸いしているみたいだね」


「将軍もそうですが、王妃様の影響が大きいですね」


「そうなんだ」


 ホヴァルト王妃も中々侮れない存在であるらしい。


「ホヴァルトの人は魔族と言われているけれど、凄い高地で暮らしている分、我々普通の人間とは何かが違うのかな?」


「そうかもしれません」


「とすると、人数が少なくとも侮れないかもしれないね」



 そう気軽に答えたが、実際には呑気に受け止められる話でもない。


 ネーベルの件に続いて、ガフィンの件もビアニーの足を引っ張るかもしれないということが分かってきたからだ。


 もちろん、ネーベルのウォリスや、ガフィンが困る分にはセシエルにとってはどうでも良いことである。むしろ、そうなってほしいと考えているくらいだ。


 しかし、実際にビアニーにマイナスとなった場合、割を食うのはジオリスである。下手をするとエリアーヌも損をするかもしれない。


 グリンジーネのビアニー中枢やウォリスのせいで、自分の友人が困る事態になるのはやるせない。ただ、ビアニーが勝ちすぎても、それはそれでエディスが困ることになるかもしれない。


(輪が広がり過ぎると動きにくくなるよ、全く)



 とはいえ、まずはユーギットの部下と、ガフィンの状況を調査することだ。


 ユーギットの配下の者、名前はソザース・ロンスキーと言うらしいが、2人でグギソン地区に入ると周囲の人間から警戒の視線が向けられる。


「ガフィンの信奉者達は色々変わったことをしているから、余所者に対する警戒心は強いんだろうね」


 ただ、この点ではセシエルはビアニー国王エウリスとその弟ライリスから状況を見てきてほしいと言われている。


 仮にガフィン達の一派に捕まったとしても悪いようにはならないはずだし。


「おや? セシエル殿ではないですか」


 実際に出会ったガフィンも、それを知ってか知らずかはともかく、友好的であった。


「お久しぶりです。国王陛下とライリス殿下に依頼されまして、研究のことを調査に来ました」


「ほう、ライリス殿下に」


「何でも、将来的には重傷者を戦線復帰させることができるのだとか?」


 この話題の切り出し方は少し迷った。


 というのも、セシエルは樹海の奥でジュニスとともにその技術を見ているからだ。


 仮にメイティア・ソーンからガフィンに樹海まで自分達が来ていたことを知らされていれば、今の物言いは白々しいことこの上なく取られるだろう。


 ただ、メイティアは「具体的に邪魔するなら容赦しない」と言っていたし、ガフィンのやり方に全面的に従うと良くない事態が起きうるとも言っていた。であれば、現時点で彼女は自分達のことを話していないだろう。


 そう推測して、知らないふりをした。



 ガフィンは一瞬、探るような視線を向けてきたが、すぐに笑顔になる。


「ハハハ、まだまだ発展途上の技術ですが、やはり戦傷者の治療は重要事項ですからな」


「そうですよ。重傷者が治るなんて言えば、戦場の状況が一変しますからね。今はどこまで進んでいるのですか?」


 セシエルが無邪気に問いかけると、ガフィンは少し困ったような顔をした。


「うーん、もう少しかかりますね。まだお見せできるようなものではないです」


「そうですか」


 お互い、探り合うような言葉を数分交わし合うが、平行線をたどったままだ。このままで一日話しても埒が明かないだろう。


「それでは仕方ありませんね。他のものを見せてください。何か進展がありましたか?」


 セシエルは他の施設をホヴァルトの者に見せることにした。


 これだけでも、相当な驚きがあるだろう。



 と、同時に危険な雰囲気も感じていた。


(明らかに何かを燃やしたような臭いがする)


 香料などで誤魔化しているようだが、焦げ臭さが部屋に充満している。日常的に何か肉の類を燃やさないとこういう臭いにはならない。


(ネズミ……あるいはより大型の何かを燃やしているのではないだろうか?)


 そう推測はしたが、セシエルは警察権まで与えられているわけではない。


 この臭いの元を調査することは、無理そうであった。

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