第7話 アンフィエルの調査

 ひとまず、スイール国王から託された任務は終わった。


 ビアニー王家に入るという選択は、エディスとの兼ね合いで難しい。


 セシエルはそのまま帰ろうとして、ふとガフィンのことを思い出した。


(あいつのことを、ビアニー国王はどう評価しているのだろうか?)



 ガフィン・クルティードレはビアニーの南側、かつてバーキア王国の王都だったアンフィエルに籠っている。表向きには統治活動に専念しているということだが、実際は不可解な実験をしており、その行く先に死者を蘇らせるという信じがたい野心があるということを、セシエルは知っている。


 そうした事実をビアニー国王が知っているのか、どうか。


「そういえば、アンフィエルではソアリス殿下の軍師であるガフィン・クルティードレ殿が活動しているようですね」


 エウリスが「知っているのか」という意外そうな顔をした。


「そうだ。中々の変人で奇怪なコミュニティを築いているらしいな」


 奇怪なコミュニティというのは、恐らく胎児を早い段階で取り出して培養液のようなものに浸して成長させていることだろう。エディスが嫌悪感を抱いていたが、エウリスはそれほどでもないようだ。あるいは奇怪と聞いているだけで中身を知らないのだろうか。


 少し聞いてみると、どうやら中身も知っているようだ。


「陛下は賛成なのですね?」


「うーむ、心情的に賛成とは言いづらい。だが、お産というものは危険なものだということも確かだ。実際に死ぬものが減っている以上、辞めろとは言いづらい」


「確かにそうですね。それでは……」


 続けて死者についての話をしようとした時、ライリスに機先を制せられた。



「……ガフィン・クルティードレからは今まででは間違いなく死ぬような負傷を治すようなことも研究していると報告が来ています」


 これはエウリスには初耳だったようだ。「そんなことができるのか?」と目を見開いた。


「はい。まだ完全にうまくいくわけではないようですが、重傷状態を一瞬で直すことができる魔道の研究をしているのだ、とか。これを発見することでビアニー軍の死傷率は更に下がると報告を受けています」


「あれか……」


 以前、樹海で見せられた魔術だろう。


 死傷を下げるなどとんでもない、回復が暴走して自意識を失うかもしれない危険なものだ。


「僕はちょっと見ましたけれど、信用できない技術ですけどねぇ」


「そうらしいな。改善を図って使えるようにしたいと言っている。そのために更にアンフィエルで研究することを許してほしい、と」


 ライリスはセシエルの意見には同意したが、ガフィンはその先まで見越した提案をしていたらしい。


(あいつめ……)


 セシエルは内心で舌打ちした。


 ガフィンは誰にも邪魔されない状況で、忌まわしい技術を研究している。


 しかも、ビアニー国王が、アンフィエル周辺の統治まで含めて認めてしまっている。


 統治から得た資金をもとに極秘研究を続けて、どんどん研究を進めていくことが予想される。


 仮にフリューリンク攻囲が長引けば、救世主的にガフィンやメイティアの研究が迎え入れられる可能性がある。



(それはまずいな。止めた方が良さそうだが……)


 そう考えたが、戦時中であるビアニーはそうした技術も必要としているから、国王周囲が止めることはないだろう。


 ビアニー王家に入らないと決めた以上、セシエルがそれを強硬に主張するのもおかしくなる。


 様子を見に行くべきだろうか、とも思ったが、様子を見に行ったところで何ができるわけでもない。


(ただ、あまりにも酷い状況なら、それを報告すればビアニーから待ったがかかるかもしれない、か)


 そう考え、一度、アンフィエルに向かうことにした。


 その旨を伝えると、「そうだな。ちょうど良いから調べてくれ」とエウリスとライリスも同意してくれ、アンフィエルまで駅伝を自由に使って良いという許可を受けた。



 高地の国であるビアニーでは、いたるところで馬が育てられている。


 急ぎの旅の者は、許可を受ければそういう放牧地で馬を借りて、速やかに移動ができる。


 今、セシエルにもその許可が出た。歩いていくと1か月以上かかるだろうが、馬を借りればその半分くらいで行けるだろう。


 有難く許可をもらうこととして、早速グリンジーネで馬を借り、アンフィエルに向かうことにした。



 駅伝の完全利用が認められるということは、疲れた馬を次の箇所で元気な馬に乗り換えられることを意味する。おまけにビアニーの馬は予想以上に早い。当初の半分どころか、10日ほどでアンフィエルの近くまでやってきた。


 さすがにバーキア領に入ると馬を交代させられないが、これだけ早く着ければ十分である。


「おっ?」


 夕暮れ時、遠くにアンフィエルの灯りが見えてきた頃、セシエルは目を瞬かせた。


 街道を歩いている者が見えたからだ。


 ここまで、アンフィエルに向かう者は全くいない。


 ガフィンという変人が治めているアンフィエルに向かう変人はいないということだろう。


 だから、初めて、自分以外にアンフィエルに向かう者がいることに興味を抱いた。


 しかも、その男にはどこか見覚えがあった。


 近付いて思い出す。以前、ネーベル軍総司令官ユーギット・パメルが連れてきた部隊の者だ。


 ユーギットはジュニスとともにホヴァルトに向かい、それに付き従ったはずだが、どうなったのだろうか?



「もしかして、ユーギット殿配下の者かい?」


 セシエルは馬上から声をかけた。相手は驚いた顔で振り返ったが、セシエルを見て少し安心する。


「そういう貴方は……セシエル・ティシェッティ様ですか?」


「そうそう。久しぶりだね。アンフィエルに向かっているのかい?」


「はい。ユーギット様と王妃様の命令を受けて、アンフィエルの状況を調査しに向かっています」


「王妃様?」


 一瞬、ヒュネペアのことかと思いびっくりしたが、ホヴァルトに向かった彼がヒュネペアのことを言うはずがないだろう。


「もしかして、ホヴァルトの王妃様?」


「はい。ジュニス陛下はホヴァルトを統一し、王妃を迎え入れました」


「そうなんだ? 本当に統一したんだ、凄いな」


 変人だと思っていたが、本当に王になったらしい。


 ホヴァルトにどれだけの人間がいるのかは分からないが、あの少数の人数で王になったのは単純に凄いと思った。

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