第6話 国王兄弟・2

 セシエルはこれまで何人か大柄な人物を見たことはあるが、ビアニー王国の第二王子・ライリスの巨漢ぶりはその全てに上回る。


 ソアリスとジオリスが220キロを上回ると言っていただけに、胴回りだけで四倍くらいはありそうだ。


 そんな人物が興奮気味に腰を揺らし、水晶球を眺めているのだから椅子のことが不安で仕方がない。仮に破壊されでもしたら、あの巨体がそのまま尻から落ちることになる。50センチほどの高さとはいえ、とてつもない衝撃で重傷となるかもしれない。


(ソアリス殿下の許婚より、余程ハラハラする人だな……)


 そんなことも思うが、本人はとにかく水晶球に夢中である。



「ライリスはこの占い技術だけは相当なものらしい」


 結論がまだ出ないと見たのか、エウリスが口を開いた。


「この占いということは、王者たる星の下にある云々ってやつですか?」


「そうだ」


 国王を見る限り、弟の占いについて相当信用しているようだ。


 とはいえ、ライリスが「兄上の王者の星は素晴らしい」と言っているとすれば、兄としても排斥しにくいし、「でたらめだろう」とは言いづらい。


 政治権力的な妥協として、兄弟の占いへの認識が成り立っているのかもしれない。


 そう思ったのが、どうやらエウリスには筒抜けだったらしい。


「……フフッ、俺の国王位をライリスが保証してくれているから、俺が文句を言えないと思ったようだな?」


「……まあ、多少は……」


 否定するのも嘘っぽいのでセシエルは肯定した。


「その観点からすれば、俺はこいつを嘘つき呼ばわりしなければならない。ライリスは、俺の王者の星はそれほど強くなく、むしろソアリスの方が大きいと占っているからな」


「えっ、そうなんですか?」


 それは確かに意外であった。


 エウリスの弟四人のうち、ライリスは肥満すぎること、ウォリスは身長と個人資質の問題が大きすぎる。だから、ソアリスが王位継承者ということは既に知っていることである。


 ただ、現在の国王エウリスとしては、自分の次について言われることは面白くないだろうし、「エウリスよりソアリスの方が王者の星が大きい」なんて言われるのはもっと不愉快だろう。


 しかし、今の話からするとエウリスはそのことをあまり気にしていないようだ。


(雰囲気としては、ビアニー国王はサルキアに似ている。でも、仮にサルキアに「おまえより別の奴の方がトレディア大公にふさわしいぞ」なんて言ったら激怒しようものだが……)



「とはいえ、今回の進撃は俺1人で成し遂げられるものではない。ソアリスが後を継ぐとしても不思議はないし、公子の王としての器がその2人より大きいのならば、最終的に成し遂げるのは貴殿かもしれない」


「え、えぇぇ……?」


 予想外の方向に話が進んできた。


 まさか次々代のビアニー国王として用意され、アクルクア統一などを押し付けられることになるとは。


「というよりも……」


 誰が王者であるか占うより、明らかに害をなしているウォリスを排斥するべきではないのか。


 ただ、それを成し遂げる最短の一手は自分がビアニー王家に入って、ウォリスの代わりにのしあがることである。


(参ったなぁ。王妃以上の圧力をこちらで受けることになるとは……)


 頭をかいた時、ふと思い浮かぶことがあった。今、ここでもっともらしいことを言っているライリスの占い自体が、自分を取り込むためのある種のヤラセではないかとも思えてきた。


(僕を取り込むためのグリンジーネの演技なのかな……)


 考えすぎかもしれないが、ソアリスが提案した時から、ビアニーで自分を王家に取り込むための考えが進んでいたということはありえなくはない。


 国王が不在ということにしておいて、ヒュネペアを通じて、ある程度の作戦を進めていた。そう考えられなくもない。


(ただ、いくら何でも僕のためにそこまでするのも、ちょっとビアニーが情けないよな……)


 その程度の人材しかいないのなら、政治改革をすべきだ。ウォリスのような王家の一族以外に取り柄もないような人物を排除すべきである。


(そうだ、そもそも)


 ウォリスのことを考えた時、セシエルは思い出した。


「僕は180はおろか175センチもないですよ?」


 ビアニー王家は180センチ以上の身長を必要としているという。


 セシエルの身長は169だ。ウォリスとほぼ同じでビアニー王としてふさわしくない。


 そう答えたつもりだが、エウリスは冷笑で応じた。


「……それ以外でふさわしい人物なら、身長などは靴に何か詰めれば良いだけだ」


「そんないい加減でいいんですか!?」


 エウリスのあっさりとした物言いに、セシエルは思わずひっくり返りそうになった。


「足りないならソアリスも同じだし、ビアニーの代々の国王にもそうした話はある。5センチ程度ならOKならば10センチでもOKだろう」


「それはまあ、そうかもしれませんが……」


 身もふたもない話だ。

 

 ウォリスが報われない。ただ、結局、背丈だけでなく資質もねじれたから、ウォリスが脱落したのかもしれないが……



「俺は端緒をつけた。ただ、俺1人で全てをなすのは不可能だ。その後はもう少し柔軟なソアリスが継ぐのだろう。奴が全部成し遂げれば素晴らしいが、そうでないのなら公子が成し遂げるのかもしれない。オルセナを滅ぼすという、ビアニーの創建以来の悲願を実現してくれるという役回りを」


(あっ……)


 セシエルは大きなことを忘れていたことに気づいた。


 同時に自分はやはりビアニー王家に入るべきでないことに気づいた。


(僕がビアニーの王家に入って、最後に倒すべき相手がエディスかもしれないなんて展開は嫌だよ)


 ビアニーが倒すべき国・オルセナ。


 実際に行ったが、たいした国だとは認識していない。


 しかし、そこで知った「エディスが実は王女かもしれない」という話が進展したら話は別だ。


 ビアニー王家の一族としての自分と、オルセナ女王としてのエディスが覇権を競うなど考えられない。



 もちろん、エディスが世界にとって有益なのか、あるいは有害なのかは分からない。


 ひょっとしたら、有り余る力を適当に使いまわす有害な存在かもしれない。


 それでも、エディスを倒して自分が本願を成し遂げる姿は考えられない。


(この話は無しだな。どうにか断らないと……)


 この場は曖昧に答えることにしたが、最終的には断るという結論に、セシエルは達した。

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