第5話 国王兄弟・1

 それから三日。


 セシエルはヒュネペアに用意してもらった宿舎で日々を過ごすことになる。


 用意された宿舎とは言っても、ジオリスがグリンジーネにいる時に使っている建物であるらしい。そのうちの客間を使って、のんびりとしている。


 ヘーラについてヒュネペアから話があったため、彼女が押し寄せてくるのではないかと恐れおののいていたが、それはない。


 ふと、ソアリスから勧められた時のことを思い出した。


「ビアニーはスイールほど硬くないから、そんなに気にしなくていい」


 という言葉である。



 ルーイッヒとウィルミナの関係が典型的であるが、ビアニーは最低限のことをすれば愛人をもつことは全く問題がない。


 ヘーラにはそういう前提で何人か付き合っている相手もいるらしい。


 相手がいないから身持ちを固くしなければいけないという発想はないようだ。


 つまり、セシエルとヘーラが婚姻したとして、公的な場面では一緒にいなければいけないが、子供さえできれば日常は一緒でなくて良いということだ。


(エディスの姉さんもビアニーだったら、おおっぴらに付き合えたんだろうなぁ)


 恋人と身分が違うために侯爵家の娘としての地位を放棄し、修道院にいったエディスの姉のことを考える。ビアニーであれば、表向きさえ我慢すれば、あとは2人の子供の公的な地位が低くなるということを我慢できれば仲良くできたに違いない。


「さてはて、僕はどうしたら良いものか」


 ベッドの上に寝転がり、セシエルは自分のことを考える。


 スイールで暮らしてきたセシエルには、ビアニーの価値観にはどうしても抵抗がある。


 ヘーラと仲良くなる、ということならともかく、表向きだけヘーラと暮らして別の相手と仲良く暮らすのであれば、最初からその仲良く暮らす相手と一緒になった方が良いのではないか。



 とはいえ、他の相手がいないのも事実である。


 もうすぐ18になることを考えると、ビアニーで落ち着くというのも一つの選択肢であるのかもしれない。


 ただ、それにしても国王エウリスがどういう人物であるかは確認する必要がある。


 ソアリスやジオリスには不満はないが、ウォリスとは仲良くなれそうにないし、ガフィンのような奇怪な人物もいるところだ。国王とソリが合わないならば一緒にならない方が良さそうだ。


 だから、国王が狩猟から帰国するのを待つ。


 待つこと三日、ようやく王宮からの使いがやってきた。


「お待たせしました。国王陛下が是非お会いしたい、と」


 セシエルはベッドから身を起こして、「よし、行こう」と気合を入れて、外へと向かった。



 その日のうちに、王宮からの衛兵に付き従う形で王宮に入った。


 王宮と言っても、ビアニーの建物は非常にシンプルで、廊下をまっすぐ行った先の部屋が王の間となっている。仮に攻め込むとなれば、これほど分かりやすいところはないが、攻め込まれることはないという自信があるのだろう。


 その王の間に入ると、数段高く上がった壇上に玉座が置いてある。玉座と言ってもおそらく以前アッフェルの近くで見つけたピレント王のものの方が豪華だろう。ただ、いかんせん王宮の他がシンプルなだけに、この玉座だけは非常に目立つ。


 そこに長身の男が座っていた。髪や目は一般的な茶色であるが、精悍な顔つきが特徴的である。


「貴殿がセシエル・ティシェッティか」


 朗々としたはっきりとした声である。


 ソアリスのような柔軟性はないように見えた。ジオルスを更に剛直にした、というような雰囲気だ。


「はい。お会いできまして光栄でございます」


「世辞はいらん。報告はソアリスや母上から受けている」


「そ、そうですか……」


 ということは、ビアニー国王からも「妹の結婚候補者」として見られているようだ。



 ビアニー国王エウリスは右側に視線を向けた。


「どう思う?」


 と話した先には、ある意味では国王よりも目立つ男がいる。立派ではないが、非常に頑丈そうな大型の椅子に座るのはあまりに大きな男である。腹が大きく突き出ており、手や足も大きく膨れ上がっている。


 ピレント国王パイロープも大きかったが、この男はその比ではない。


 エウリスの次弟で、あまりの肥満体ゆえに王位継承者から外された存在、ライリス・グリンジーネであろう。


「はい。非常に優れた星の下に生まれた者のようです」


 そのライリス、大きな手で水晶玉のようなものを覗いていた。


 この次男は肥満体過ぎるが、頭の冴えは相当なものだという話を聞いている。それは占星術によるものなのだろうか。


 セシエルが考えている間、ライリスが水晶球を覗き、「むっ」と呻くような声をあげた。


「どうしたのだ?」


「……この者、王者たる星の下に生まれているようです」


「王者? ほう……」


 エウリスは面白そうに笑った。


 セシエルは「へっ?」と声をあげて目を見開いた。


 養子の行き先すらなく、今や空いている王女を押し付けられるかもしれない自分が「王者たる星の下に生まれている」という。


(この国王次弟の占いって、結構適当なんじゃないか?)


 セシエルはまず、そう思った。

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