第4話 セシエルとヒュネペア・2

 屋敷の応接間に通されたセシエルは、ヒュネペアと向かい合う。


 一方のヘーラは黙々と茶や菓子などを運ぶ役割を担っている。


 その姿に若干の違和感があった。


 前王妃ヒュネペアはひょっとしたら国王とソアリスの次に凄いのではないかと思われるほどの存在感がある。であるなら、娘にもそうした期待をして良さそうであるが、姉も含めてそうした存在感がある者はいない。


 国王の姉ウィルミナの夫ルーイッヒは、セシエルからすると微妙な存在であるが、といってだらしない夫に代わってウィルミナが出てくるという話は一切聞かない。


 セシエル自身、ネミリーやエディスなど、周囲に男を圧倒する女子が多いので若干疑問を感じる。



「ビアニー王国では女子の貴族は格式が低いのでしょうか?」


 セシエルの問い掛けに、ヒュネペアは唇を噛んだ。


「そういうことはない。ビアニーは牧畜の国……馬を操る技術は男女を問わないもの……しかし」


「しかし?」


「妾が全て自分でやり、周りをバシバシ制圧するせいか、おとなしい娘が増えたようには感じる」


「なるほど……」


 納得するしかない理由とは言える。


 ヒュネペアと比較されれば、アクルクアのほぼ全ての女子が形無しになる。エディスもエリアーヌも木っ端みじんにされそうで反論できそうなのはネミリーくらいだ。みんな大人しくなるだろう。


「納得するものではないわ」


「あ、すみません」


「まあ、妾の間違いだったとは言える。妾がこういう性格である分、娘にはもう少し女子らしい作法を身に着けた方が良いだろうと。しかし、結果的に男に媚びるしか能がない男をダメにするような娘ばかり出してしまった」


「あの、娘がいる前でそういうことを言うのは……」


 結婚したいとは思わないが、かいがいしく茶を入れているヘーラの生き様すら否定するような母親の言動にセシエルは異を唱える。


(ウォリスもそうだけど、この母親が言いすぎるから子供がダメになるんじゃないか?)


 そんな気すらしてくるほどだ。



「妾は娘の育成には失敗した。その経験を踏まえて、ソアリスあたりが娘をこしらえれば正しく導いてやりたいものだが……」


(そうなったらソアリス殿下もセシル姫も可哀想すぎるなぁ……)


 そう思ったが、いつまでもヒュネペアに押されているわけにもいかない。


「王妃様、ネーベルを統治しているウォリス殿下ですが、王妃様の見立て通り、色々問題行動を起こしております」


「……言うたであろう、あの馬鹿はビアニーを滅ぼしかねないと」


(そこまで言ってたっけ?)


 疑問には思うが、息子の風上にも置けないとか、死んだ方がマシだくらいのことは言っていたから、決して不当でもないだろう。


「しかし、国たるものを治めるのはそれ相応の地位をもつ者であることが必要なのも事実。ウォリスがどれだけ癌であろうとも、ビアニーの法で外すわけにいかない。悪法もまた法である」


「……そうですね」


「仮にウォリスを排除しうるとするなら、それこそヘーラを娶ってビアニー国における大公位を得るものだけだ」


「そうですね」


 セシエルが棒読みで答えた。そういう返答が返ってくることは理解していたからだ。



 しかし、そこであえてもう一歩踏み込んでみる。


「仮にヘーラ殿下にお相手が現れない場合、ウォリス殿下がネーベルを好き勝手しても、もう仕方がないということでしょうか」


「そうなるな。国の制度に欠陥があることは理解しているが、それはどこの国だって同じだ。全てにおいて完璧な制度を備えた国は存在しないわけであり、ビアニーがまだマシだからこそ、今現在、ビアニーはガイツリーンの北半分を制している。ウォリスのようなゴミが領主たることは望ましくはないが、他国においてはより望ましくないことが起きているのだろう」


「……まあ、そうかもしれません」


 反論したくはなるが、確かにその通りと思える話でもある。


 実際、問題があるように見えても、仮にネーベル軍がステレアで好き放題暴れたとしても、それでも他国がビアニーに一泡吹かせられるとは思えない。


 ベルティは内乱中だし、レルーヴにしてもトップの大公と二位のハルメリカ市長代理が主導権争いをしている状況だ。


 ステレア女王リルシアがどれだけ頑張ったとしても、籠城以上の戦術をとることはできない。結局、ビアニーに一泡吹かせられる存在は大陸を探してもいない。


 ウォリスに問題があるにしても結局、ビアニーが一番マシという話になる。


「もちろん、妾としては、現在存在している不安点を除く者が現れると心強い。そしてそう思わせられる公子がここにおる。この者はスイールで相当な地位を掴んでしかるべきであるが、スイールでは何らの地位をもつかめないという。それはビアニー以上の欠陥制度であるとは考えないのかえ?」


「……」


 あぁ、そういう方向で絡めに来たか。


 セシエルのプライドを刺激する形で話をもってきた。


 つくづく恐ろしい存在だと、セシエルは思った。

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