第3話 セシエルとヒュネペア・1
セシルとの面談を終えた後、セシエルはフェルナータを発ち更に西、ビアニー王都グリンジーネを目指した。
ビアニー王国はアクルクアの北西にあるので、仮に港があればハルメリカからの距離は近い。
しかし、ビアニーの領土となっているところはほぼ高地にあり、海岸線もほぼ切り立った高地にある。どうしてこうなったのかはもちろんセシエルには分からないが、とにかくビアニーの海岸線に船が停泊できるような場所は全くない。
結果として、レルーヴから北に向かった船は少し北にあるバーキアの王都アンフィエルから北に向かうか、ぐるりと回ってピレントの北部にあるロメン港から西に目指すしか道がない。
いずれにしても、船で直接ビアニーに行くことはできない。
ビアニー国内の移動が初めてである所以である。
ビアニーの王都グリンジーネは街そのものよりも、そこに至るまでの高原地帯と、馬や羊の放牧状況に目を奪われる。
なだらかな高原地帯がずっと広がっており、草が伸びるに適した環境が広がっている。
そうした伸びた草を馬や羊が食む。適度な日光と雨といった環境が、草が伸びすぎず、といって家畜が飢えることのない環境を作っているようだ。
フェルナータでは「万一攻め込まれた場合、ここがビアニーの最終防衛拠点だ」という話を聞かされたが、この王都を見て納得した。
グリンジーネは牧畜の街であり、仮に籠城したら、家畜から切り離される。戦力はもちろん、食糧も兼ねている彼らを切り離されたら戦うことはできないはずだ。
(しかし、最終防衛拠点を任されているのだから、やはりソアリス殿下への期待は凄いんだろうなぁ)
と感じつつ、城の中へと入った。
グリンジーネ城内も籠城という部分の考慮はほとんどないようだ。
城壁はあるものの、真剣に防ぐ高さではない。犯罪者の逃亡を防ぐくらいの高さである。
もし攻撃された場合には籠城よりも打って出られるようになっている。通りは大きく、軍の行動も容易にできるし、街の奥にある王宮までも通りが一直線で伸びている。守るための障壁らしいものは何も見当たらない。
セシエルはその王宮へと向かった。
入り口の衛兵にジオリスの紹介状と、スイール国王他の書状を差し出した。
「スイールからの公使として来ました」
数人いる衛兵は少し話をした後、2人が中に入り、残りが「しばらく待つように」と言ってきた。どこにでもある当たり前の光景であるので、セシエルも言うことに従う。
「国王陛下は北西に狩りに向かわれているので、五日ほど戻ってこないと思われます」
「狩り……?」
東のガイツリーンでは、「どうやってフリューリンクを攻めたものか?」とすったもんだの状況にあるのに、本国では国王含めて狩りというのは呑気なものだ。
セシエルは当初そう思ったが、そう単純でもない事情もあるらしい。
高原地帯で、家畜と共に暮らすビアニーの人にとって、家畜を襲う狼や熊は厄介な存在だ。そうした存在から守る狩りの達人の中から、ビアニー王家をはじめとするリーダー的存在が出てきて、それらがオルセナの貴族システムに組み込まれて今に至るのだという。
現在では人の住む地域が拡大して、家畜が襲撃されるという事件は減ったものの、ビアニーの民を護る存在としての国王の狩猟は重要な儀式であるらしい。
いずれにしても、国王が戻ってくるには五日ほどかかるらしい。
それならば、まずは前王妃のヒュネペアに会うべきだろうと考えた。
「ヒュネペア様はいらっしゃいます?」
「王妃様はあちらの建物におられますが」
と、指さした建物は、王城とは別の屋敷である。王妃の私邸なのだろうか。
セシエルが「面会できるだろうか?」と尋ねると、衛兵達が別邸に向かっていった。すぐに戻ってきて訪問して構わないと返事が返ってくる。衛兵2人を連れて、セシエルは別邸へと向かった。
向かった時には、建物の入り口に2人の女性がいた。
一人はヒュネペアだ。鋭い視線に凛とした気迫が漂っており、ビアニーで一番王者としての風格を感じさせるのは相変わらずだ。
その隣にいるのは着飾った穏和な顔をした女性だ。
誰だろうと思ってすぐ、セシエルは嫌な予感を感じた。感じたが、だからといって今から逃げるわけにもいかない。まっすぐ歩いて王妃に頭を下げる。
「セシエル・ティシェッティです。王妃様にはお変わりないようでめでたいことで」
「考えもしていないような追従など妾には無用です」
挨拶の言葉をヒュネペアにあっさり否定された。
「ティシェッティ公子に紹介しましょう。私の娘のヘーラです」
ヒュネペアの紹介に、隣の女性がニコリと笑って頭を下げる。
(やっぱりか……)
以前、ソアリスに持ち出された縁談を思い出した。
ビアニー第三王女のヘーラをセシエルに嫁がせ、ビアニー王家の一門にしてしまおうという考え。
その話がまた再燃するかもしれない。
いや、高い可能性で再燃しそうだ。
セシエルはネーベルの状況に苦言を呈するつもりでいた。「王妃様のお考え通り、ウォリスは為政者としてどうしようもない奴でした。彼を何とかできませんかね?」
恐らく答えはこうだろう。「それでは、ティシェッティ公子とヘーラの縁談を進め、ネーベルの統治者を変えるように国王に進言することといたしましょう」と。
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