第6話 感謝状

 7月21日、朝。


 エディス達の姿は宮殿にあった。


 いつもは大勢の廷臣達の姿があるが、今日は王の間で整列している者達ばかり。


 国王アスキス・コンタニディナスの正面にエディス達が並んでいる。



 もちろん、並んでいる理由は前日の魔術学院での騒ぎである。


 エディスを中心に、突然、裏山で業火が上がるという、下手をするとイサリア市内に被害を出しかねなかった事態を未然に防いだ。


 その感謝を、国王自ら表明するということで呼ばれたのであった。


「ミアーノ侯女エディス殿ら7名、この度は魔術学院敷地で起きた放火に対し、迅速かつ果断な行動をとり、被害を発生させなかったことを称え、この感謝状をお送りします。ラルス国王アスキス・コンタニディナス」


 国王が読み上げて、感謝状をエディスに渡す。


「ありがとうございます。出来れば、イサリアに残って研究してほしいくらいです」


 本音で言っていそうな国王の言葉に対して、エディスは満面の笑顔で受取る。


 同じ内容の感謝状を残りの6人にも渡すと、国王は椅子についた。もちろん、その正面にはエディス達にも椅子が用意されている。


「犯人は大方分かっている。君達が1週間残るというのであれば、それまでには逮捕できるだろう」

「うっ……」


 1週間残るという言葉に、エディスが苦虫を嚙みつぶしたような反応を見せる。


「元々、国外から留学生を招くことに反対している一派がいた。そいつらが大胆にも国外留学生をも巻き込むような形で事件を企てていたらしい。それ自体はイサリアの衛兵も把握していたのだが……」


 国王は渋い顔になる。


「困ったことに、私の誕生日パーティーで別方面から事件を起こした者達がいた。そのために調査が分散されてしまって、迂闊にも見落とすことになったようだ」

「なるほど……」


 サルキアがチラッとコスタシュを見た。穴があったら入りたいような様子で下を向いている。


 留学生が話題になることを良しとしない勢力があるという話があった。


 同時に、地方貴族代表としてコスタシュの兄が工作員を潜入させているという話もあった。結果としては両方とも活動していて、そのため前者の行動を把握しきれなかったらしい。



「いずれにしても、イサリアの衛兵団の質をもう少しあげなければならない。その点を実感させてくれた点にも感謝している」

「いえいえ、そんな……」


 エディスは謙遜しているが、誰からも分かるくらいニコニコとしていて、かなりご機嫌な様子がうかがえる。


「……まあ、落第しちゃった以上、その感謝状が生命線だし……」


 ネミリーは苦笑していた。



 昨日、当初は強気に「落第でもいいです」と言い放ったエディスだが、卒業証書に最終成績が記されると知ってまた愕然としていた。


 卒業証書に「56点」と書かれていては、落第したことが誰の目にも明らかである。いじめっ子に馬鹿にされるのはともかく、両親を落胆させかねないことはショックだ。


 しかし、ラルス国王直々の感謝状があれば、「理由があった」と言い張ることができる。「落第したけど、ラルス国王に感謝された」という、にわかには理解しづらい事態をどう説明するのかは定かでないが、とにかく感謝状をもって両親を納得させるつもりらしい。


 そのあたりはレイラミールも配慮したようで、感謝状には『ミアーノ侯女エディス殿ら7名』の記載が入った。実際にエディスが一番目立ったのは間違いないが、一人だけ名前を出すことでラルス国王の特別な感謝の念が伝わるようになっている。



「それだけだと通用しないかもしれないが、その時は俺も口添えしてやるよ」


 と言うのはサルキアだ。


「本当? その時はお願いするわね」


 ネミリーやセシエルはもちろん援護してくれるだろうが、日頃から付き合いがあるだけに「どうせエディスの友達だからでしょ」と言われかねない。


 その点、トレディア大公の血筋にあたるサルキアなら、信用度が高い。


「エリアーヌとジオリス、コスタシュにもお願いしていい?」


 少しでも自分の体面を保ちたいエディスが願うが。


「エディス、地図を見なさいよ。その3人は無理だから」


 ネミリーが呆れたように言う。


 ラルスにいるコスタシュ、ピレントのエリアーヌとビアニーのジオリスとは途中で別れることになる。それぞれ国内では重要な立場を占めるのだから、自分勝手に遠出するわけにもいかない。


 サルキアもスイールの寄るとなると遠回りにはなるが、それでもハルメリカまでは一緒に行くことになる。多少なら付き合ってくれるということだろう。


「そうか……、確かにそうよね……」


 エディスは寂し気に返事をした。


 それは3人が援護してくれない、という寂しさではない。


 彼らとの別れの時が近いことを感じたためであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る