第7話 卒業、そして、未来へ

 卒業式を終え、8月2日、ヴァトナ号はイサリアを発ち、ハルメリカへ向かっていた。


「うぅぅ、レイラミール学長の意地悪……」


 船尾で56点と書かれた卒業証書を持ってやさぐれているエディスを他所に、ネミリーとセシエル、サルキアが話をしていた。


「帰る前に、犯人逮捕を聞けたのは良かったわね」


 話題は山火事の犯人である。


 結局、山火事を起こしたのは国外留学生に反発的な面々で、魔道力を増幅させる神器を裏山に大量に仕掛けていたらしい。留学生の実技では裏山の方に飛ぶことも多かったため、それを擬して一騒動起こすつもりだったようだ。


 その数日前、夜陰にエディスが何か動くものを見たのは、その仕掛けている面々の神器が月明りに反射したのだろう。


「しかし、無学な国外の連中に魔道を学ばせる必要がないとか言いながら、知識もなく多すぎる神器を設置して街に被害を出しそうになっていたというのはアホすぎる話だ」


 サルキアの言う通り、犯人たちはとにかく大事にしたくて、大量の増幅型の神器を仕掛けていたのだが、具体的にどのレベルでどのくらいの被害になるか考えていなかったらしい。


 そのため、揃えられるだけ揃えてしまい、サルキアの魔力一発で大火事になりそうな状況にしていたようだ。



 一方、別なる目的で工作班を侵入させていたフィライギス家は、イサリアの一件を聞きつけて顔面蒼白になり、慌てて当事者達を出頭させて「イサリア市民に被害を与えるつもりは毛頭なかった」と釈明したようだ。


 ラルス王はその弁明を胡散臭げに聞いてはいたが、山火事を解決した7人の中にコスタシュがいたこともあり、受け入れることにしたらしい。


「イサリアと地方の件については引き続き……って感じになりそうだね」

「そうね、こればかりは私達がどうこうできる問題じゃないわ」


 ともあれ、フィライギス家が大事件には無関係だったことが分かったため、卒業式間際にリューネティオス・アリクナートゥスの現状についても説明ができ、卒業式後、コスタシュも含めた7人全員で挨拶に訪れることができたのは朗報だったとは言える。


「コスタシュがフィライギス家当主になったら、イサリアと仲良くできるといいんだけどね……」



「仲良くという点ではビアニーとピレントも心配だな」


 サルキアの言う通り、エリアーヌとジオリスの故国であるビアニーとピレントの関係も気になる。


 特に、ビアニーの南への遠征軍がとてつもない速さで占領を終えたという報告が入ってきていた。ジオリスの兄で、サルキアの前に留学生記録を持っていたソアリス・フェルナータが2か月も経たずにバーキアを完全に制覇してしまったという。



 予想以上にうまくいったことで、ビアニーが目を東のピレントに向ける危険性も捨てきれない。


「ジオリスとエリアーヌは仲がいいだけにねぇ」

「仲がいいというより、サルキア、エディス、ネミリーは際物過ぎるし、コスタシュは一匹狼を気取っていたから、普通な僕とジオリスとエリアーヌは自然と近くなっただけなんだけどね」


 セシエルが苦笑した。ネミリーが眦を上げる。


「ちょっと。エディスとサルキアはともかく、私が際物というのは納得いかないわ」

「おい、ちょっと待て、ネミリー。それはどういう意味だ」


 サルキアが抗議し、セシエルは肩をすくめる。



 そんな話をしながら4日、ヴァトナはエルリザへと着いた。


 着いたその足で、エディスとセシエルはギムナジウムに報告に向かい、ネミリーとサルキアが付き従う。


「は~、あの馬鹿王子に馬鹿にされるかもしれないと思うと憂鬱だわ」


 エディスは頭を抱えた後、サルキアを見上げる。


「本当に任せていいの?」

「ああ、任せておけ。おまえが馬鹿にされないように俺が言い含めてやるから」


 サルキアの言葉に、エディスは「お願いね」と気軽に頭を下げる。


 サルキアは再度「任せておけ」と言い、こちらは楽しそうに笑っている。




 ギムナジウムに着くと、既に報告を聞いていたらしく、王子サスティをはじめ、多くの子弟たちが集まっていた。全員が特にエディスの成績を気にしているようだ。


 エディスはそんな相手に対し不愉快そうな顔を見せ、同時にサルキアに「頼むわよ……」という様子である。


「……サルキアはどうやって彼らに説明するのかしら?」

「さぁ、本人は自信満々だけど……」


 ネミリーとセシエルは首を傾げながらも、事態の推移を見守ることにした。



 サルキアは自信満々の様子で、卒業証書とラルス国王の感謝状を提示する。


「私はトレディア大公子サルキア・ハーヴィーンだ。今回、イサリアにおいてミアーノ侯女エディス姫と共に魔道の勉強に励み、ライバルとして覇を競った。不幸にも、妨害する者があり、エディス姫は本来の力を出せずに私が勝利することになったが、これはあくまで不運ゆえのものと考えている」

「は、はぁ……」


 唐突な説明過ぎて、教師達は何が何だか分からないという様子だが、相手はトレディア大公子である。おおっぴらに反論はできない。


「故に3年後に再戦すると約束している。同時にその時に妻に迎えたいとも考えている。つまり、彼女を馬鹿にするということは未来のトレディア大公妃を馬鹿にすることだと考えていただきたい」

「えっ?」、「はぁ?」、「何?」


 教師、王子、貴族の子弟たちはもちろん、ネミリーとセシエルも目が点になる。


 もちろん、エディスも例外ではない。


「えっ、サルキア……。今、何て?」

「3年後、問題がなければ結婚しようと言ったのだ。まずいか?」

「いや、私、そんなことは一言も聞いていない……」

「俺とあいつと、どっちが良いんだ?」


 サルキアがスイール王子サスティを指さす。


「そ、それはまあ、あっちと比べたら……」

「なら、別に良いではないか」

「いや、そういう問題じゃないでしょ」


 混乱するエディスはセシエルとネミリーに救援を求めるが、2人は完全に傍観モードに入っており、ニヤニヤと笑うのみである。


「エディス姫、俺は本気で言っている。3年後、もう一度同じ言葉を言うつもりだ。その時まで、真剣に考えていてほしい」

「……はい」


 サルキアが真顔で言うと、エディスは気圧されたように頷いてしまった。


「よし、それでは、次はミアーノ家で言わないと、な」

「えっ? ダメ、ダメ! そっちはダメ!」


 3年後の件は了承したエディスだが、家に行くという話には真っ青になり、必死に止めようとする。


 サルキアとの関係を真面目に考える。それは構わない。


 しかし、彼が両親に挨拶でもしようものなら、2人がどういう反応を示すかは目に見えている。「エディスにこんな良い人ができてくれて」、「全くだ。娘をよろしく頼む」というような反応だ。


 3年待つまでもなく、既成事実として決まってしまう。


「ミアーノ家に行くのは、私が3年後に決めてから!」

「なら、この卒業証書はどう説明するんだ?」


 サルキアが56点の卒業証書を揺らしながらニヤニヤと笑う。


「だとしても、お父さんとお母さんはダメだから!」


 エディスの悲鳴のような叫びが、ギムナジウムの空へ響き、そして溶けていった。

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